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白い手紙

 カランカラン。扉が閉まった瞬間、男の眼鏡は真っ白に曇る。薄い金色の、少し長めの髪の毛をもつ男だった。細身のグレーのスーツに、縞柄のネクタイを締めている。ソファに腰掛けた女の子が、あら、と声を出す。

「ちょっと暖かすぎるな」

と、男は銀縁の眼鏡を外した。男の目は透き通る深い青をしている。

「ごめんなさい」

女の子は軽く頭を下げた。女の子の髪や目は、目の前に立つ男のそれとよく似ている。

「お久しぶりです、お父さん」

若い男をよく見つめて、小さな女の子は眉根を寄せた。お父さんと呼ばれた男は、持っていた黒い鞄から白い封筒を取り出した。

「今、お茶を入れますね」

「いや、用はこれだけなんだ。元気そうで何よりだ。失礼するよ」

白い封筒を焦げ茶色の大きな机の上にそっと置く。宛先も何も書かれていなかった。男は眼鏡をかけ直して扉を開く。

「お父さん、また」

「ああ」

 カランカラン、と扉が閉まる。まだ幼い女の子は、じっと手の中の封筒を見つめる。

 曇り硝子の扉の向こうで、男がちらっと振り向いた。青い目の奥に力の入った真剣な表情を崩すことなく、またすぐに歩き出した。

 女の子はティーカップに入ったお湯を飲む。ふう、と息をついてから、机の上に置いてあった白いキャンディを口に含む。右の頬がぷっくりと丸くなる。

 読み終わった手紙は、丁寧にたたんで机の引き出しに閉まった。

 大きなキャンディは、とろけるようなミルクの味がする。濃厚な、優しい味。噛まずにゆっくりと最後まで味わえば、だんだんと瑞々しい冬の果実の香りがする。寒さに耐えてぎゅっと甘くなった強い味。

 口いっぱいに優しさを頬張って、女の子は少し泣きそうになった。

 キャンディがなくなって、扉の向こうが少し明るくなった気がして目をやると、カランカラン、と勢いよく男の子が入ってくる。

「サラ!」

品の良い暖かなグレーのコートを着た男の子は、目を輝かせて女の子の名前を呼ぶ。

「サラ、外へ出よう!」

「一体どうしたの、カナト」

カナトと呼ばれた男の子は、自分の着ていたコートをさっと脱いで女の子に着せると、手をとって外へ連れ出した。

「わあ…!」

 雪が、降っていた。

「初雪だよ、サラ」

 葉を落として裸になった木々に、しんしんと雪が降り注ぐ。柔らかな白い塊はふわふわと漂って、どこかに触れて消える。繋いだ手が温かい。女の子の目に涙が滲んでいく。

「サラ、どうしたの、寒い?」

「ううん、何でもないの。カナトこそ、寒いでしょう」

男の子はコートを脱いでしまって、もう一枚のセーターしか着ていなかった。それでも笑って言う。

「ううん。手、温かいね」

優しい笑顔を見て、涙が溢れ出す。雪は静かに舞っている。まだ小さな女の子は、大きな声をあげて泣き出した。ぎゅっと強く手を握りしめて、ふたりはただ並んで立っていた。

「ねえ、サラ」

 女の子が顔をあげたとき、いつの間にか雪は止んでいて、ただ銀の枝を伸ばした木々の林が広がっていた。息が白く吐き出されては消えた。男の子は女の子の顔を覗き込んで、かじかんだ頬を緩めた。

「何があっても大丈夫だよ。僕が、ずっと一緒にいる」

「ありがとう」

女の子は少し困ったような、それでいて安心したような、柔らかな表情を見せた。それから、ふたりは暖かな小屋へ向かって歩き出した。

 白い道に小さな足あとがふたりぶん、仲良く並んで残っている。

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