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あしあと

 その日は朝からしとしとと雨が降っていて、扉の向こうは悲しい灰色に染まっていた。女の子は戸棚からグレーの箱を取り出して、中に入っているダージリンのティーパックをカップにそろりと落とした。すっと鼻を抜ける爽やかさと喉の奥にひりつく渋み。このシンプルなファーストフラッシュがお気に入りだ。

 部屋はどんよりと暗くて、真っ白い床が先ほどの客の靴跡で汚れている。部屋の中央に横たわる大きな机と同じ焦げ茶色のその足跡は、机の前と扉とを二回ほど往復していた。

 ティーパックを取り出したカップを机の上のソーサーにかちゃりと乗せて、ふかふかのソファに腰掛ける。白いコースターの上の青いキャンディを見て、女の子は首を傾げた。

「赤いの、持って行ったのかしら」

そう呟いて、引き出しの中の平たい缶から、青いキャンディをもう一つ、取り出す。よく晴れた低い空みたいな、濃く強い青色をしていた。

 カランカラン、と音がして、背の高い男が入ってくる。帽子を目深に被って、先のとんがった革靴を履いている。俯きがちに女の子を見つめて、か細い声で言った。

「ここで合っていますか。やまぶき相談所」

「はい、いらっしゃいませ」

女の子は凛と響く声で歌うように答えた。

「ご相談はなんですか」

男は白い床を汚しながら歩いてくる。すでにあるのよりずっと大きく、先のとんがった足跡がでくる。

「誤解を、解きたいんです」

頼りなさげな、震える声だった。つんとせり出した帽子のつばに隠れて表情は見えないが、悲しい声だった。

「大切なひとに誤解をされてしまって。彼女、怒ることもせずに、たださよならと言って出て行ってしまったんです。愛想を尽かされたのか、もともとぼくなんてどうでも良かったのか…」

女の子はにっこりと微笑む。

「ただ、怒り方がわからなかっただけかもしれませんよ」

「そうなんでしょうか」

透き通る青い瞳で、男を真っ直ぐに見つめる。しとしとと降り注ぐ雨の音が、優しく男を包み込む。

「誤解だと、説明したんですか」

「いえ、出て行ってしまってから、怖くて連絡が取れなくて」

「正直にお話してあげてください。どうして誤解が起こってしまったのか、あなたがどれほど彼女を大切に思っているのか」

男ははっきりと響く声に圧倒されて、顔を上げる。女の子の大きな瞳を吸い込まれるように見つめる。白い床が、きゅっと鳴る。小さな細い女の子の堂々とした姿に、男は唇を噛む。

「そうします。ありがとうございました」

そう言って、くるりと去っていく。男は前を真っ直ぐに向いていた。とんがった大きな焦げ茶の足跡は、行きよりも感覚があいて散らばっている。

 カランカラン、と音がして、そのあとに、ばさっと傘の開く音がする。小粒の雨はいつまでも止まない。ときどきリズミカルに屋根を叩いて、楽しげに響く。女の子の金色の髪の毛は、湿気でいつもより広がっている。

 女の子はふと立ち上がって、真っ白な雑巾で床を拭く。ふわりと膨らんだスカートから覗く、白く細い脚が筋張って、床をぴかぴかにする。女の子は裸足だった。綺麗になった床をぺたぺたと歩いて、満足げに頷く。雑巾を洗いに、奥の洗面台まで行く。

 部屋に戻ると、乱れた髪の毛を直して、ソファに腰掛ける。残っていたダージリンティーを飲み干す。時間が経って、渋みが強くなっている。少し眉をひそめてから、コースターの上に何も乗っていないことに気付く。

 女の子の瞳と同じ色の、青空みたいなキャンディがなくなっている。

「また、持って行ったのね」

女の子は、今度は二つの目をぐるりと輝かせながら、嬉しそうに呟く。それから、引き出しの中の平たい缶からキャンディを一つ取り出して、口に含む。桜色の頬がぷっくりと膨らむ。素っ気なく冷たい爽やかな甘さと、ぱちぱちと弾けるような舌触りに目を細める。

 さっき拭いたばかりの白い床で、焦げ茶色の小さく丸い足跡が、机と扉とをやっぱり二往復していた。

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