リクエスト

 ベッドの上で、しゃかしゃかと音がする。俺のそば殻枕を鳴らすのが仁奈になの最近のブームのようだ。眠るとき、いつも甘い匂いがする。

 ゲームをしていた手を止めて、振り返る。仁奈も小説に飽きていたようで、腕を伸ばしてくる。頭に手を置かれて、髪の毛をくしゃっとされるまでが一連の流れだ。

「そろそろ帰ろっかな」

「おう」

 仁奈はいつも暗くなる前にさっさと帰っていく。寂しくもあるが、安全なので助かる。駅から遠いこの辺りは夜はすごく暗くなって危ない。

「送る?」

「なに、どしたの。別にいいよ」

 ベッドから立ち上がった仁奈の腕を掴んで引き寄せる。指先が別の生き物みたいに冷たかった。心地よいので指を絡める。

「え、ほんとにどうしたの。デレ期?」

 もう片方の手を俺の頭に置いて顔を覗き込む。きょとんとした顔も、そのあとすぐ微笑む顔も大切だった。

「かわいいなあもう」

 仁奈はよく俺にかわいいと言う。そのたびに、おまえがな、と心の中で突っ込む。付き合ってからもうそろそろ一年なのに、どきどきする気持ちが全く変わらないのが不思議だ。むしろ強くなっているとさえ思う。

 仁奈の腕がするりと離れていく。散らばっていた本をかき集めて鞄にしまう。手鏡を取り出して二、三回笑顔を作ってから、じゃあね、と言った。

「仁奈」

「ん?」

 今日はどうしても聞きたいことがあった。ようやく覚悟を決めて口を開く。

「あのさ、誕生日近いだろ、おまえ」

「そうだね」

「欲しいもんとかあんの?」

「え、祝ってくれるの?」

「そりゃ、めでたいしな」

 たくさん考えたけれど、全然思いつかなかった。仁奈の好きなものは化粧品とか洋服とか、俺が勝手に買ったらだめそうだし、小説は溜まってるって言うし。かと言って、

「…そんな高いもんは買えないけどさ」

 今月はバイトを頑張るつもりだが、それでも限界がある。貧乏学生なので、一人暮らしの費用を稼ぐのでいっぱいだ。申し訳ないが。

 狭いワンルームで、顔を見合わせる。

 彼女は少し考えるふりをしてから、なんでもないことみたいに言った。

「じゃ、歯ブラシ」

「え?」

「あとお箸も欲しいな、いつも割り箸じゃん」

「誕生日プレゼントに?」

「うん。ここに泊まる装備、欲しい」

 …えっと。簡単に言うので、俺は黙る。

「何言ってるか、ちゃんと自分でわかってるよ。まことがすごく大切にしてくれてるのも、わかってる」

 仁奈の目は真剣だった。高校生の頃に付き合って、一年。覚悟を決めた。口を開いて、息を吸う。

「じゃあ、買っとく」

「ありがとう」

 眩しい彼女がひらり手を振る。ドアを開けて出ていく。それを見ながら、深くため息をつく。

 そのぶん大きく息を吸うと、飛び込んだベッドが甘く、香った。

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