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語る背中

 山道が続く。木で囲まれているのでよくわからないが、海のほうではきっともう日が沈んだか、沈みかかっているか、どちらにせよ暗くなってきている。街灯のオレンジがはっきりしてきた。代わりに足元は暗くなる。

 さく、さく、と、みちるが歩いていく。そのすぐ後ろを歩く。大きな背中に、大きなリュックが揺れる。ときどき顔をぶつけそうになりながら、ひたすらについていく。

「満」

 名前を呼んでみる。満は横を通る車に負けない大きな声で、んー? と返事をする。わたしは後ろにいるから、小さな声でも届く。

「紐が」

 満がふと足を止める。鼻がリュックに衝突する。わたしがぶつかってもなんともない様子で満は立っている。少し離れる。満が、ほんとだ、と言った。

「ありがと」

 その場でしゃがみこんで、靴紐を結ぶ。わたしは満がいなくなったことで開けた視界を見渡した。道の奥に街の明かり。

 ああ。

 鼓動が少し、静まる。山道に疲れた足がふと軽くなった気がする。満が、よっと言って立ち上がった。

沙耶さや、疲れてない? あと少しだけど、前歩いたほうが疲れにくいよ?」

「大丈夫」

 そっか、と満は前に向き直る。じゃあ行くよー、とわざと大きな声を出して、歩き始める。わたしもあとに続く。

 歩くことが好きだ。

 一日歩いて、足が膨れて痛い。リュックを背負った肩も痛い。上にあげる機会がないから、指先さえもむくんでいる。それでもまだ歩ける。同じペースを保っていられる。

 歩き方とか、背中とか、今日は新しい満をたくさん知った。スニーカーの踵は踏まないひとだった。リュックの横のポケットにたくさんものを入れるひとだった。何かおもしろいものを見つけるたびに指をさして報告してくれるひとだった。よく周りを見渡していた。長い足をわざと小さく動かしていた。まるで背中に目でもついているみたいに、わたしのことを気遣うひとだった。

 後ろから見ているとよくわかる。

「沙耶ー、旅館着いたら、ご飯と温泉どっちが先ー?」

 少し悩んでから、答える。

「ご飯がいいー」

「よっしゃ、俺今ならいくらでも食えるわ」

 どちらでも喜んでくれたのであろう声が、弾ける。

 両脇にぽつぽつと店が並び始めた。さっきまで奥に見えていた、街に、たどり着いたのだろう。道幅も大きくなってきた。満が歩を緩めて、わたしの隣に並ぶ。

「あとちょっとだから頑張ろうぜ」

 手を伸ばして、わたしのリュックを少し持ち上げる。わたしは肩をびくりとする。

 でも、手を振り払わない。このひとは心から信用してもいいかもしれないと思えたから。

 後ろに立たれても良いと思えるまでには、まだ時間がかかるだろう。でもこのひとはきっと、大丈夫。

「あ、あそこじゃない?」

 満はオレンジに染まった顔で笑った。わたしも微笑む。足は重いが心は軽い。

「やっぱり先に温泉もありだな、満はどっちがいい?」

 すっかり陽の落ちた街で、満の唸る声が夜に溶けていく。

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