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ミニスカート

 頭のかたい大人が嫌いだ。

 ちょっとスカートを短く折って履くだけではしたないとか、馬鹿みたい。そのくせ、いやらしい目でじろじろ脚を見るの。うちの担任なんて最悪。体育教師は全員女にしろって法律作ってほしいくらい、気持ち悪い。

 これでも結構努力してるのよ。朝のランニング、食事制限にストレッチ。毎日の日焼け止めに脱毛にボディクリーム。すらっと長く、もちもちぷるぷるの白い脚。こんなに頑張ってるんだから見せないと損じゃない。だから制服のプリーツスカートはパンツが見えないギリギリのラインで切ってしまった。

 お母さんは可愛いと言ってくれる。お父さんは痴漢にあったら大変だと言って、護身術を教えてくれた。両親は、自分たちは真面目だけど、かたいことなんて言わずにあたしの味方をしてくれるから好きだ。あたしのやりたいことが一番大切だと思うから、好きなことをしたい。

 あたしは冬でもこの丈のスカートを履く。寒いけど平気。あたしの脚は乾燥対策もばっちりしてるから。

 今日もあたしはギリギリのスカートを揺らして学校へ行く。校門の近くでクラスメートの渋谷龍太を見かけた。なんだか大きな紙袋を持っている。しぶやぁ、と声をかけると、手を振って待っていてくれた。

「古賀、おはよう」

「おはよ」

「今日も寒そうだねえ」

眠そうに目を擦る渋谷の背中を強く叩く。あたしは冷たい風を脚いっぱいに浴びてるから目がぱっちりだ。

「素敵でしょ?」

「うん、綺麗」

渋谷と話しているとときどき、男子高校生ってあんまり脚に興味ないのかなって思う。いつも褒めてくれるけど、いやらしい目で見ることは絶対ない。でもそれが心地よくて、渋谷のことは結構気に入っている。

 ふたりで教室に入って、一番後ろの席に並んで座る。あたしたちが噂されてるのは知ってるけど、別に気にしない。誰が何と言っても渋谷は友だちだ。彼氏じゃない。

「脚開いて座るなよ、あの教師に見られたらどうすんの」

渋谷がこそっと言う。確かに、と思って脚を組んで、そしたら、あいつが入ってきた。

 うちの担任の、草壁だ。がたいのいいおっさんで、気が強そうな体育教師。目付きが気持ち悪い。

「最近痴漢が多いから気を付けるように。特に古賀、な。校則に指定がないからってスカート短すぎるのは良くないって何度も言ってるだろう」

あたしは脚を組み替えて、渋谷に精一杯苦い顔をしてみせた。

 帰り道、渋谷が紙袋を寄越した。

「これ、気になってたけど、何?でかくない?」

「そろそろ誕生日じゃん」

開けると、大きめの青いマフラーが入っている。

「寒そうだし、座ってるとき膝にかけとけば、脚開いちゃっても平気だと思って」

思わず渋谷に飛びついてしまう。すっごく嬉しかった。センスのいい鮮やかな青は、あたしの綺麗な白い肌によく映えた。ありがとうと言って、さっそく首に巻いて帰るところだった。

 電車で、脚に違和感を感じた。

 かさかさの肌が意図的に触れているのだと気が付いたのは、スカートを捲くりあげられてからだった。パンツ越しに臀部を執拗に撫でられる。あたしは焦ってしまって、渋谷にもらった大きな紙袋でパンツを隠そうと動いた。生温かい息が耳とマフラーにかかる。気持ち悪い。めちゃくちゃ気持ち悪い。涙が滲む。すごく怖い。

 痴漢の手が胸にまで伸びてきたとき、耳元であっと声が聞こえた。それからすぐ手はいなくなって、後ろで聞き覚えのある声が叱った。

「やめなさい。痴漢です。次の駅で降りてもらいます」

草壁だった。泣きそうになっている痴漢のおっさんの両腕を掴み、あたしを睨んだ。

「だからそんなスカートはやめろと言ったんだ」

 そのあとどうなったのか、よく覚えていない。事情聴取をされて、あたしは泣きながら、草壁に家まで送られた。お父さんとお母さんが草壁に頭を下げて、草壁は、新しいスカートを買ったらいかがですか、なんて言っていた。

「私だって、女の子が好きな格好をできないってのがおかしいような気もします。痴漢はするほうが悪いんだ。短いスカートが履きたいなら履けばいいと言ってあげられたらどんなにいいか。ただ、こういうことが現実に起こるのも事実ですから。お子さんを危ない目に合わせないためには、必要なことの一つだと思います」

 草壁が帰って、お父さんが言った。

「護身術だけじゃあ、やっぱだめだったのかもな」

あたしも頷いた。

「もう、あんな怖い思いしたくない」

スカートが原因だったのかなんてわからないけど、なんだか初めて、草壁の言うことが間違っていないような気がした。あたしはすぐに膝くらいの丈のスカートを買い直した。

 渋谷は驚いていたけど、

「付き合った男がとっても驚くかもね。脱いでみたら脚がすごく綺麗なんだから。みんなに見せるより特別な人だけに見せるほうが相手は嬉しいだろうな」

と言ってくれた。渋谷にもらった青いマフラーはとっても温かかった。あたしはそれを冬の間中、首に巻いたり膝にかけたりして使っていた。渋谷になら見せてもいいよ、という言葉は、ギリギリで飲み込んでおいた。

 我慢することも、自分を大切にするってことの一つかもしれないと思った。

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