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なないろ

 透き通る緑色の小さな川に三つほど岩が浮いていて、水がぴちゃぴちゃと跳ねている。岩の上面はどれも平らで、大きなお鍋を持ったままでもうまく通れるようになっている。町を出てちょっとした林を抜け、その川を渡ると突然開けた場所に出る。若い緑とところどころに咲いた可愛らしい白いお花たち。草原の真ん中には、黄色い屋根の小さな小屋。やまぶき相談所である。

 中に入れば、あらゆる光を吸収して輝く金色のふわふわな髪の毛を垂らした女の子が豪華なソファに姿勢よく座っている。

 机の上には、ビー玉ほどの大きさの、真っ青なキャンディがふたつ。朝から雲ひとつない、今日の濃い青空みたいな色をしている。

 おそるおそる、岩を丁寧に渡って、扉の前に立つひとがいる。つばの広い帽子を目深に被って俯いている。よれた白いTシャツに膝のところが薄くなったジーンズ、足元は運動靴を履いている。曇り硝子の扉を覗き込もうとして、諦めて、息を呑む。

 カランカラン。扉を押すと大きな音がして、肩をびくんと震わせた。中に小さな女の子が腰掛けているのを見てほんの少し、顔をあげた。

「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」

女の子は滑らかに言った。机の前まで歩いて、震える手で帽子をとると、そのひとは綺麗な白髪の少女であった。それから、小さな口を開く。

「あの、相談所って、髪の毛の色を治したりできますか」

「治す、ということは、もとは違う色だったんですか」

女の子は、驚いたように聞き返す。少女は帽子を強く握りしめて、答える。

「はい。ストレスで…」

 そのとき、コン、コン、とノックが響いた。女の子は気にせず、「それはお辛かったでしょう」と言った。それから、

「残念ながら私に魔法は使えません。色を戻したいのなら、美容院へ行くのが良いと思います」

と続ける。

 少女は俯いて、唇を噛みしめる。目には涙が浮かんでいる。後頭部まで一面に続く透けるような白い髪の毛の一本一本が、電気の明かりを受けてきらきらと光る。

 カランカラン。扉が開いて、小綺麗な格好をした男の子が入ってくる。

「サラ、扉の前に缶が置いてあったよ」

そう言いながら顔をあげて、少女に気が付いて驚く。

「うわぁ、素敵な髪の毛だね」

 少女も驚いて、男の子を見つめる。サラ、と呼ばれた女の子が、立ち上がって缶を受け取りながら答える。

「カナト、ありがとう。私もそう思うのだけれど、このお客さまはあまりお気に召していらっしゃらないみたいなの」

それから、平たい缶の蓋を開けて、少女にウインクする。

「ねえ、あなた、見て。綺麗でしょう」

缶の中には、机の上にあるのと同じ、まんまるのキャンディが五つ。でもその色は、机の上のとは違って、透けるような白色。周りのたくさんの色を吸い込んで、七色に光り輝く白だった。

 少女がはっと息を呑む。サラとカナトは顔を見合わせて、微笑む。サラがゆっくりと続ける。

「あなたの髪も同じように綺麗よ」

少女はぽとりと涙を落とす。一度落ちたら、そのあとは止まらないようだった。あとからあとから、色のない涙を落としていく。

 静かな、温かい時間が流れた。サラの金色の髪がふわふわと漂う。少女はやがて、涙を流しながら、笑った。

「ありがとうございます。この髪、好きになれそうです」

「良かった」

「それから」

サラをちらりと見て、言う。

「あなたのも素敵な色ですね」

サラはきょとんとして、自分の長い髪をくるくると指に巻きつける。それからにっこりと微笑んで、優しく言う。

「ありがとう」

 白髪の少女が、扉を鳴らして帰っていく。カナトがサラの前に来て、笑う。

「次は白色なんだね」

「そうみたい」

 ふたりは机に残った青いキャンディをそれぞれ口に含んで、見つめ合う。桜色の頬がぷっくりと膨らむ。顔を近づけて、美味しいね、と囁き合う。くすくすと笑って、穏やかな時間を過ごす。

 外では小さな花や草たちも、風を受けてくすくすと笑っている。

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