両想い
洗濯機がガラガラとうるさい。シャワーの音もうるさい。シャワーが終わってドライヤーになったら、もっとうるさい。平日の夜はうるさい。一番うるさいこの時間が好きだ。愛おしいな、と思っている。
「そういえばりっちゃんさ」
聖人は裸で、バスタオルだけ腰に巻いて出てきた。乾かしたての頭がふんわりしていて、どきっとする。
「俺の緑の靴下知らない?」
「それ洗濯出してたから一緒に回してるよ」
洗濯機を指差す。聖人は唇を尖らす。
「そうだっけ…、明日履こうと思ってた…」
「靴下なんてどれでもいいよ」
「あれお気に入りなの」
知っていた。私が付き合う前のお誕生日にあげたやつ。四年も前のことだ。もうくたくたなのに未だに大切にしてくれているのが嬉しくて、今度新しいの買ってあげよう、と思う。
「残念、でも洗濯ありがと」
水をごくごくと飲み干すと、ベッドに入ってくる。セミダブルの、薄い黄色のかわいい敷き布団に、白地に細かい花柄の掛け布団。黄色の枕を二つ並べて仲良く収まる。肌と肌をぴったり合わせる。微かにシャンプーの香りがした。私のお気に入りのシャンプー。一緒に使っているから、私も聖人もこの香りだ。
「りっちゃん」
ん、と言う。目を見る。顎を引いて少し上目遣いになるように。すっぴんが可愛くなる努力は惜しまなかった。すべてはこの瞬間のために。
「好きだよ」
「私も」
唇が触れ合う。指が絡む。いつもの動きなのに、すべてが初めてのようにどきどきする。頬が染まる。私はたぶん、幸せの絶頂にいるのだと思う。触れたところが全部熱をもって、私を支配する。溶けるように交わる。ひとつに。
ふたりでシャワーをもう一度軽く浴びて、お風呂場に洗濯ものを干して、電気を消す。後ろからぎゅっと抱きしめられて、聖人が囁く。
「りっちゃん、好き」
「うん」
「俺さ、りっちゃんがいないと生きていけないと思う」
「ん」
胸がどきどきしている。背中に優しく唇が触れたのを感じた。胸がどきどきしている。収まらない。
「こんなに一緒にいて楽しくて、落ちついて、安心できるひと他にいないと思う」
「…うん」
「付き合った頃みたいなどきどきがなくなっても、ふたりでこんなに幸せに暮らせるんだって、毎日驚いてる。俺はりっちゃんとずっと生きたい」
私は今たぶん、幸せの絶頂にいるのだと思う。目に涙が滲む。
「りっちゃん、今度またちゃんと言うけど、俺、りっちゃんと結婚したいと思ってるから」
胸が鳴り止まない。涙の粒が膨らんで、今まさにこぼれ落ちる。鼻をすする。
「返事、考えておいてね」
私は何も言えない。数回、大きく頷いた。聖人が頭を撫でてくれる。もう一度、背中に唇が触れた。おやすみ、と言って、そのまま眠りにつく。
涙がひと粒こぼれ落ちたら、もう止まらなかった。すぐ後ろにいる聖人に気づかれないように、人生で一番静かに泣いた。こんなに幸せで悲しい日は他にない。
まさくん、と、心のなかで呟く。
私、まさくんといて落ちついたこと全然ないよ。付き合って三年半、同棲して二年、今も毎日どきどきしてるよ。付き合った頃みたいに。
人生の選択が迫っていた。両想いなのに、一生の片想いかもしれなかった。でも、聖人以外は考えられなかった。私はどうすべきだろう。
聖人の寝息が聞こえてくる。細いのにごつごつした指をそっと撫でる。左手の薬指。胸が苦しくて、目を瞑る。最後の涙がこぼれた。
愛おしい思い出を巡らせながら、覚悟を決めて深い眠りについた。
最後まで読んでくださってありがとうございます。励みになっています!