無題

 小走りだったり、ゆったりとだったり、それぞれのペースでたくさんの人が行き交う。でも凛太郎は背が高いから、遠くからでも一瞬でわかる。「凛!」と呼ぶと、こちらを向いてにっこりと笑う。朗らかな、柔らかい笑顔。

「日菜」

 細長い体を器用に操って、人混みの中を進んでくる。あっという間に私のもとへ辿り着くと、私の持っていた大きな鞄をスムーズに持ち上げた。骨ばかりに見える腕にぐっと筋が入って、あ、男の子なんだ、と思う。

「最近、どうしてた?」

「まあ元気にしてたよ」

 凛太郎は自分のことをあまり話さない。にこにこと笑ってただ私の話を聞いている。

「例の子とはどう?穂波さん、だっけ」

「進展なし。でも、頑張るって決めたんだ」

 私が笑うと、凛太郎は笑みをもっと深める。背の高い男の子にこんなに可愛らしく微笑まれると少し緊張する。

「さすが日菜だ。そういうとこ、尊敬してるよ」

「ありがとう。でも、凛がいてくれるから強くいられるんだよ」

 私も精いっぱいの笑顔をつくる。凛太郎の横に立って歩くと、ぱっと隣を見るとまず肩が目に入るから不思議だ。自分より背の高いひとと歩くのなんてほとんどないからしっくりこない。中途半端な距離を保ったまま、私たちは歩く。

 人混みの中をぬっていく。凛太郎お気に入りのカフェは駅の外だ。世間話をしながら歩いていると、よく知った顔を見つけた。

「あれ、日菜?」

 …最悪。

「うわ偶然!何してんの?って、もしかしてそのイケメン、彼氏とか?」

 凛太郎が眉をひそめる。穂波は嬉しそうに駆け寄ってくる。私の隣に立って凛太郎を見上げる。ほう、と声を出して、いたずらっぽくウインクする。にかっと白い歯が見えて、眩しくて震える。

「日菜に彼氏がいるなんて、あたし知らなかったよ」

 そう言って肘で小突いてくる穂波は、私が惚れた可愛らしい笑顔を浮かべている。もう、本当に最悪だ。はは、と笑い返すしかない。凛太郎はすっかり険しい顔をしている。ごめんね、と思う。私はとことん情けないな。誰も悪くないけれど、自分を責めてしまう。

 穂波と別れて、とぼとぼと並んで歩く。ふらつく足元を他人事のようにぼんやりと眺めていると、凛太郎が肩を引き寄せた。

「あの子はやめておいたほうがいいんじゃないかな」

 小声で言う。

「自分の常識でしか考えられないひとのように見えたよ」

 その声は、とても悔しそうで、恨めしそうで、苦しそうだった。私は力なく、うん、とだけ答えた。小刻みに震えているのが凛太郎の腕なのか、私の肩なのかさえわからなかった。凛太郎はだめ押しで、指を二の腕に食い込ませる。

「僕はわかってるから。傷つく必要なんてない」

 なんでみんな、男女を見ると恋愛関係だって思うんだろう。なんで、恋愛は男女のものだって思うんだろう。私は凛太郎を友だちとして大好きだし、穂波は恋愛として好きだ。でもそこに性別なんて関係ない。凛太郎が女でも友だちだったし、穂波が男の子でも恋愛対象だった。

「凛」

 優しすぎる親友の腕をそっと払う。凛太郎はまっすぐに優しいだけだから、こういうのも周りから見たら誤解になるってわかっていない。それに、穂波が悪いわけでもない。もちろん凛太郎だって悪くなんてないけれど、今はひとりになりたかった。

「ごめん、今日は帰るね」

「日菜、待てよ」

 ごめんね、ともう一度呟いて、私は荷物を奪い取って走る。人混みを避けながら走る。重たい荷物が肩に食い込む。私は非力な女の子だ。でも、だからなんだっていうんだ。

 改札の前で振り返ると、背の高い凛太郎が私を必死に探していた。凛太郎を恋愛として好きになれたら良かったのに、と思いながら、私はそっと涙を落とした。

このお話は日菜ちゃんに感情移入しすぎて、最後はうまくまとめられず、タイトルも付けられませんでした。すみません。私は男女の恋愛のお話ばかり書いていて、自分自身もおそらくヘテロセクシャルなのだろうと思っていますが、それはただ同性との恋愛経験がないというだけのことなのかもしれないなと感じています。完全な文章とは言えませんが、最後まで読んでくださってありがとうございます。

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