溢れ出した
あ、とあたしが止める暇もなく、ミキは巾着煮にかぶりついた。じゅわっと溢れ出した出汁が顎を伝って、ミキはへへ、と笑った。
「もう、汚い」
紙ナプキンを数枚取って差し出す。ミキは顎を拭って、美味しいねと言った。あたしも頷く。
「朝から和食なんて久しぶりだな」
「そうなの? 朝は米だよ、米」
パンでしょ、と言いながら、味噌汁の麩を掬う。朝からこんなに手のこもった料理が食べられることなんてそうそうないから不思議な気分だ。温かい。
「ハルもたくさん食べな」
そう言うと、ミキはお椀を持って立ち上がった。ご飯と味噌汁のおかわりをよそいに行ったみたいだった。ミキは朝はものすごく食べる。細いぺったんこのお腹にどんどんものを詰め込んでいく。
鍋から上がる湯気で、ミキの姿が隠れている。昨夜触れた白いお腹を思い出してふっと笑った。
格安ホテルだったから期待はしていなかったけれど、それにしても大浴場という名前は詐欺でしょうと言いたくなるくらい狭いお風呂だった。洗い場は一つしかないし、浴槽も一人足を伸ばしたら埋まる。あたしたちは大はしゃぎで、シャワーを変わりばんこに使って、浴槽にどぷんと浸かった。
たくさんのお湯が、あたしたちの代わりに溢れ出して、流れていった。
「うわぁこれ、あたしたちの体積のぶん、溢れ出したってこと?」
「まあそうでしょ」
「恥ずかしい」
頬に両手を当てて、あたしの方を向いた。その顔があまりに切羽詰まっていて、ぷっと吹き出す。その隙に、ミキの手は素早く移動する。
「絶対ハルのおっぱいのせいだ、この」
「やだ、くすぐったい、あはは」
「あたしのお腹のせいじゃないぞ」
「そんなこと言って、ぺったんこじゃない」
「あ、悪口だ! ひどーい!」
「違うし!」
きゃっきゃと笑って、のぼせるまで遊んだ。ミキのお腹はぺったんこで、真っ白だった。ミキやあたしが動くたびに、透明なお湯の中でゆらゆらと揺らめいた。お風呂から上がると、お湯は半分以上が溢れ出していて、元には戻らなかった。
とても温かいお湯だった。
ミキが、きらきらしたお米を吸い込んでいく。ご飯は命の源だよ、と、きらきらした目で言う。大好きな親友をつくっているというこのご飯たちが、途端に愛しくなる。
あたしもたくさん食べた。美味しくて笑顔になる。奥にいたおばさんにごちそうさまを言うと、心がぽかぽかした。
日焼け止めを念入りに塗って、出発する。ホテルを出るとミキが歓声を上げた。
「ねえ、雪」
一面に積もった白い雪を指差す。リュックを地面におろして駆け出した。
「綺麗だね」
「ね」
あたしもつられて駆け出した。こちらを向いて微笑むミキに抱きついて、そのまま雪に倒れ込んだ。ミキの匂い。雪は冷たい。ミキは、温かい。
「楽しいね」
「ね」
「スキー楽しみだね」
「ね」
朝の爽やかな太陽を反射して、雪がきらきらと光っている。こんなに深い雪は、あたしたちの住んでいるところでは見たことがない。
「温かいね」
「え? 冷たいよ」
「ミキがだよ」
「ああ、ハルも温かいね」
どこにいても、何をしていても、一緒にいるだけで心がぽかぽかするんだ。何だって一緒に食べると倍美味しいし、一緒に見たら倍綺麗だ。夏の夜の星も、冬の朝の雪も、分け合いたい。
体中を駆け巡ってから溢れ出したあたしの想いを受け止めて、ミキは眩しそうに笑った。
このお話は 溢れ落ちた の続編です。季節外れですがお許しください。女の子の友情は、ぺたぺたして、あったかくて、きらきらしているのです。大好きな親友へ、就職して結婚してママになっておばあちゃんになっても、いつまでも一緒にいようね。お読みいただきありがとうございます。
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