迷子と回り道
烏に荒らされたのか、ごみ捨て場のごみが散乱している。器用に避けながら歩く。小さな画面の中で、青い印が少しずつ目的地から離れていく。だんだん道が狭くなってきて、電柱の陰で立ち止まった。
地図アプリを閉じて、電話をかける。ぴったり3コール目で電話に出た榊くんはいきなり明るく言った。
「迷子?」
「え、うん…。迷ったみたい」
「来た道わかる? 駅まで戻れそうなら迎え行く」
「おけ、頑張ってみる」
後を向くと、あちこちに散らばった生ごみが目に入ってため息が出る。榊くんが一人で迎えに来るのかな。いつも数人で集まるだけで、榊くんと二人きりで話したことはほとんどない。最近趣味が合うと言ってラインをくれるようになったけど、それも信じられないくらい、からっと明るくてみんなの中心にいる感じのひとだ。
立ち止まったついでにと、最近始めたゲームを立ち上げる。今日はまだログインしていなかったから、少し遊んで適当に今日のぶんのミッションを終わらせておく。
この電柱、寄りかかったら汚いかな、なんて考えながら、思いの外ゲームに手こずっていると、目の前に人が立つ気配がした。顔をあげると、にっこり笑った榊くんがいる。
「やほ、堀ちゃん。ここまで来れたんじゃん」
「え?」
横向きに持っていたスマホを覗き込んで、ぷっと吹き出した。何がおもしろいのか、ひとしきり大きな声で笑った。
「道端でゲームすんなよ」
結構時間が経っていたみたいだった。榊くんの家までは道が入り組んでいて、一旦回り道をしないと行けないらしい。それで、道を間違えたと思い込んでいたようだ。
「これでもう俺の家まで一人で来れるな」
「まだ地図見ないと無理。もうみんな来てる?」
「みんないるよー。それより、あのゲームはまっただろ?」
「うん、おもしろい」
「俺の一推しだからな」
道を曲がって、曲がって、曲がって、榊くんの家に着いた。話はそれなりに続いたと思う。私は口数が多いほうではないけれど、榊くんがちょうどいいペースで答えやすい話を振ってくれるから楽だった。目の前に小さなコンビニがあったので寄りたいと言うと、榊くんはまた笑った。
「遅刻なんだから急げよ」
「お詫びにアイスでも買っていきたくて」
「おー、やった」
「どれがいいとかある?」
アイスのコーナーで、箱入りのアイスが入っている棚に手をかけて聞く。
「ハーゲンダッツ」
「ええ、みんなのぶん買ったら高いじゃん」
「じゃあ俺が買う」
「え?」
榊くんはハーゲンダッツのバニラを二つ、手にとる。それから、スイカバーの箱を指差した。
「堀ちゃんはこれ買ってよ。今日はこれ食べたい」
「ハーゲンダッツは?」
「また今度一緒に食べようぜ」
「二つじゃん」
「二人で食うんだよ」
榊くんはまたにこっと笑う。私もつられてへらっと笑うと、榊くんの笑顔はもっと深まる。はっとなって、慌てて顔をそらす。
アイスの棚に顔を近づけながら、二人で、の意味を考えた。内側からの熱と外からの冷気で、皮膚が壊れてしまいそうだった。
最後まで読んでくださってありがとうございます。励みになっています!