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砂のスパンコール

 「なんか、汚い」

「えっ」

ぎょっとした顔をして、春樹が振り向いた。

「ああ、そうじゃなくて、空」

黄土色の雲と、灰色の空。滲み出した黄色が空を汚している。

「こんな色、初めて見た」

赤みのない夕方の空。よく小学生のときに着ていた灰色と黄色のしましま模様のTシャツにそっくりで、なんだか嫌な気分だった。帰り道に横断している用水路の真ん中で、西を向いて二人、立ち止まる。

「普通に、綺麗じゃん」

用水路がどこまでも真っ直ぐ続いているから、家々が邪魔して見えなかった空がひらけて見えた。黄土色の雲たちが切れ切れに浮かんで、裾の方では金色のスパンコールみたいにパチパチと光っている。

「そうかな。私は悪足掻きみたいで、嫌い」

「悪足掻き?」

「まだお昼でいたいよって主張してるみたいじゃない?みんな夕方になると赤い夕陽が綺麗だとか切ないとか言うでしょ。こんなにさっぱり黄色いと、空のこと見て勝手に感傷に浸る迷惑な奴らもいないよね。どうせすぐ、みんながもっと騒ぎ出す夜になるのに」

「空からしたら、迷惑なの?そういうのって」

「絶対そうよ。私だったら、嫌」

春樹は私の手を優しく離した。

「俺は那由の一喜一憂でものすごく騒ぐけど、迷惑?」

「うん。どんな私でも同じ私として愛して欲しいし、変わらず優しくしてほしいし、受け入れて欲しい」

「そんな、余裕こいていられないよ」

道の真ん中で話し出した私たちの後ろで、車の音が聞こえた。春樹が私の肩をそっと支えて避ける。いつもの帰り道から少し逸れて、用水路の脇の木陰に包まれた。

「砂漠みたいで綺麗だと、思ったんだけどなあ、俺は」

「砂漠?」

「ほら、砂が光って、舞って、滲んで」

最後の太陽の精一杯、スパンコールの光は、木陰から望むには眩しすぎる。真上を見上げると、たしかに砂埃が舞っているような気がして目を細めた。

「こんな広くて寂しい砂漠に、俺一人じゃなくて、那由がいて良かったって気分になるよね」

「感傷に浸ってるの?」

「そう。悪足掻きしてる空なのに、ごめんね」

春樹を振り返って、ふふふと笑おうとして、あ、と思った。

「後ろはほんのり、ピンク色だね」

「本当だ」

スパンコールから離れた反対側の空は、灰色とピンク色が混ざって見事に感傷的な雰囲気を醸し出していた。

「こっち側は、足掻いてないね。諦めているのかな」

 私は春樹の手をとった。

「やっぱり少し、寂しいかも」

「え?」

「何を思って、どんな顔をして、どんな速度で生きているのか。…全く気にしてもらえないのは、寂しいかも」

春樹は私の手を握り返した。

「了解。全部、見とく」

 私たちはゆっくりと歩き出した。たったの数歩でいつもの帰り道に戻ったけれど、二人はいつもとは違って、どんなに広い砂漠でも、きっと一緒に歩き出せる二人だった。

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