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視覚からの情報と、自分の身体との対話

京都比叡山を美しく見渡せる洛北の地に泊まらせていただいてきました。
夜は折良く満月が美しく、朝は鳥の声で目が覚めて、コンクリート壁と木目の見える屋根裏、桂の木の緑が目に優しいのです。
何よりも天井が高く、外観は違いますが居室内にいると以前に所沢へ行ったとき訪問した武蔵野坐令和神社をどこか思い出しました(こちらは隈 研吾氏デザインですが)。

従来の私の旅行スタイルは、各エリアで気になるスポットを普段からリストアップしておき、それらが一定数溜まってきたら各スポットを数珠繋ぎして分刻みスケジューリングするというものでした。他の方に迷惑かけられないので当然一人旅です。そうなると宿泊先はどうしても二の次になっていて、荷物を置いて眠るためだけの場所という位置づけでした。
調度品や内装を観察するという発想はそもそもありません。

それが今回はどうでしょう。高い天井のゆったりした空間で、時間をあまり気にせずに美味しいお食事と対話を楽しむというものでした。
夜になると、間接照明が印象的でした。光源も適切に分けられています。

室内の余白の多さは、意識を自分の内側に向けさせるように感じます。そこへ上質な間接照明も加わると尚更です。
私は、とくに入浴の際に自分の身体のあり方、身体の無意識的なこわばりを発見し、それを緩和することを感じていました。
それは、明るい光の中で、視覚ルートから絶え間なく放射される周囲からの情報に曝露されていたら、聞くことのかなわなかった自分の身体の内側からの声でした。浴室で軽くマッサージをしながら、そして以前に学んだ練功を少し思い出しながら(たとえば、手を梯形とする価値を実感しながら)、自分の身体の無意識的な緊張をほぐす身体の用い方を見つけていたのでした。

間接照明や入浴環境のような大型の舞台装置については、直ちに普段の生活に導入することは難しいのですが、それに準じる内容として紅茶の習慣を積極的に導入していきたいと強く感じました。暖かい紅茶をたっぷりと何杯も飲んで継続的に身体を温めることは、入浴には及ばなくともリラックスに繋がるように思います(カフェインの過剰な摂取には注意が必要ですが、カップ1杯のコーヒーよりも紅茶のカフェイン量は1/2~1/4だそうです。)。
とくに、京都の地で戴いた紅茶の道具類と同種の物を自宅で採用することができたら、彼の地で見聞きし体験したエピソードをも含めて自宅における普段の生活の中に密輸入できるのではないか、と感じています。

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