戦略態勢から「モシトラ」を考える――米国にとっての防衛ラインは?


1 はじめに

 日本やアジア諸国にとって「もしトラ」の最大の関心は、米国のアジアや台湾問題への安全保障関与が変化するか否かと思う。実際、トランプの発言から考えると、トランプ前政権時代から本格化した米国の対アジア安全保障関与は、第2期トランプ政権下では低下するとの見方をする識者が目立つ。実際に、米国にとって最も重要な同盟機構であるNATOに疑問を呈していることが、トランプによる米国の対アジア関与低下を懸念させている。
 トランプに安全保障上の理論や合理性は通じないのかもしれない。一方、安全保障関係の緊密さと経済関係の緊密さは、一程度の相関性があり、無関係ではない側面がある。また、対中を念頭においた経済安全保障、技術保護・利用の必要性は、米国の経済優位維持の必要性とも言えるのではないだろうか。
 加えて、米国のアジア政策は、対欧州政策以上に一貫した歴史的背景もある。具体的には、モンロー主義下においても太平洋における海上優勢の態勢を強化し、経済進出を図ろうとしてきた歴史である。海上優勢を脅かす存在となった日本を弱体化させたことも、ソ連の太平洋進出阻止を図ったことも、この文脈で語ることができる。
 本稿では、米国にとって太平洋・アジアとは何か、大西洋・欧州との差異も含め、戦略態勢上どのように見ている、と評価できるかについて考察する。

2 防衛態勢としての縦深防御

 今日まで続く米軍の前方展開(国外展開)は、冷戦期、ソ連・共産主義の膨張主義を「封じ込める」思想のもとですすめられた、という見方をする人が多いと思う。私もそう見ていた。その見方は間違ってはいないが、その前方展開態勢には、より底流にある思想もあった。それはマハン(Alfred Thayer Mahan)の思想を基調とした「縦深防御(Defense In-Depth)」という見方・思想(戦略態勢)のようである。簡単に言えば「太平洋という底深いエリア(海域及び防衛拠点)を使って国を守る」という考え方である。
 マハンの「シーパワー論」は、「海は機動路・交通路」と捉えた上で、強力な海軍力によって海上交通路を支配し、海洋交易を通じてシーパワーとしての国力を強化させる方策を説いた思想である。ただし、マハンの思想は米国の対外進出(海洋進出)の理論的根拠を与え、その志向を促進させた効果があったが、米国の太平洋を含む海洋進出に関しては、著書『海上権力史論(The Influence of Seapower upon History)』が出版される以前から始められていたことも付言しておく。
 米国の縦深防御戦略は、建国以降、第2次大戦がはじまる前までの間で、主に次のステップで形成・発展していった。

  ① 大西洋・太平洋における海上交易の拡大
  ② 海上交易を保護するための海軍の発達
 (③ 1812年米英戦争を通じた、沿岸防衛・防衛縦深の必要性の浸透)
  ④ 特に太平洋においてはハワイやグアム、フィリピン等の領土獲得とこれらを防衛する必要性の増大

 このような戦略思想の形成・発展の一つの帰結が、第2次大戦における太平洋上での日米戦争である。米国は太平洋(フィリピン、グアム、米本土等)に対する日本の脅威を排除した。これらのことから、「太平洋を支配する」ことは、米国にとって国土、国の権益と発展を防衛する態勢でもあるのである。

3 台湾は米国の防衛態勢上どれくらい重要なのか?

 この問いは、次の問いとあわせて考察すると、より明確な答えに近づくのではないか、と思う。

  Ⓐ 米国にとって中国との経済関係の更なる発展は、防衛態勢を一部犠牲にすることによる代償を補い、かつ余りある利益をもたらし、また中国以上の利益を得ることにつながるか?
  Ⓑ 台湾を失った場合の、縦深防御戦略上のリスクは?

 Ⓐに関しては、「NO」という見方をする人が、米国においては多数と思われる。その上でⒷの回答を考察すると、様々なリスクを想起できるが、米国内で最も懸念されているのは、日本を含む他の同盟国や同志国の対米離反のようである。台湾に米軍基地はない上に条約上の防衛義務もないことから、軍事拠点上・外交義務上のリスクはあまりないと思うが、米軍基地の配置を認めている日本等の対米離反に影響する、ということであろう。また、グアム、ハワイ等がより危険にさらされる、等もあるだろう。
 Ⓑに関連する別の問いかけとして、「米国は、第一列島線以外で防衛できるところはあるか?」というのもある。第2次大戦開戦前は、米本土・ハワイ・グアム・フィリピンと日本が対峙したが、開戦の数十年前から、米国側は日本とどのような戦争をすることになるか、日本側は米国の進出をどのように阻止するか、をそれぞれ研究した。結果、島に沿ったエリアで作戦がおこなわれたほか、ハワイや東京等は、戦争の早期から直接の空襲にさらされた。「海が機動路」であることによって防御側が不利・脆弱になりやすいことも踏まえると、台湾を含む第一列島線は、中国の海洋進出を監視できる列島線という点で、米国の防衛上非常に重要な防衛ラインではないか、とも言える。

4 太平洋・アジアと大西洋・欧州では差異があるか?

 グアム・ハワイ等と類似の米国領土が大西洋にはない点での差異がある。また、中国のような、米国の大西洋支配を脅かす脅威はほぼない、といってよい点は大きな差異である。こういった差異は、米軍の対アジアシフトとして、既に表れている。

5 おわりに――「モシトラ」に備える。

 「太平洋と大西洋を支配する」ことは、米国にとって国土、国の権益と発展を防衛する態勢でもあることを述べた。特に太平洋・アジアは、その支配態勢を脅かす脅威があり、その対応を誤ると、米国にとっては経済を含めた大きなリスクがあることを確認した。
 これらの考えをまとめていく中で、貴重な論文に出会えたことは幸運だった。これらの論文を通じ、米国の戦略態勢の変遷、特に第二次大戦参戦直後にその検討が開始された「Global Defense Posture(地球規模の防衛態勢)」の試みが、米国の戦略の重要な一部を成してきたことを知ることができた。本稿では書ききれなかったが、紹介したい多くの貴重な歴史がまとめられている。下記の参考文献として紹介する。
 さて、「もしトラ」である。トランプに安全保障上の理論や合理性は通じないのかもしれない。一方で、NATO問題と台湾問題で答え方に差をつけるのは、少なくとも経済的な合理性上の理由がある、ということである。これを更に洞察すると、米国の防衛支出を減らしたり、又は米国製品の購入等を強いることで米国の国内産業活性化させることを意図した交渉術であり、単に安全保障の問題を利用しているだけ、との見方もできる。
 ただ、やはり、楽観論よりも悲観論に立って備えることを軸とすべきであろう。楽観論を前提としても得るものは少ない。仮に悲観論に立った時、「米国の関与低下を前提として備えるべき」というのと、「米国の関与低下を阻止・回避すべき」という2つのアプローチが出てくるが、特に後者は極めて重要である。南シナ海における中国の海洋進出は、米国の関与低下と歩調を合わせてきた歴史があることを踏まえると、米国の関与低下は日本にとっても深刻な危機に至る可能性が高まる。結局は「モシトラ」に対する備えが必要、ということになる。(敬称略)

【参考文献】
Converse III, Elliott V., Circling the Earth, United States Plans for a Postwar Overseas Military Base System, 1942–1948, United States Air University Press, August 2005. See;
https://www.airuniversity.af.edu/AUPress/Display/Article/1534455/circling-the-earth/

Pettyjohn, Stacie L., U.S. Global Defense Posture, 1783–2011. Santa Monica, CA: RAND Corporation, 2012. See;
https://www.rand.org/pubs/monographs/MG1244.html.

Krepinevich, Andrew and Work, Robert O., A New Global Defense Posture for the Second Transoceanic Era, Center for Strategic and Budgetary Assessments, 2007. See;
https://csbaonline.org/uploads/documents/2007.04.20-New-Global-Defense-Posture.pdf

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