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自分の研究活動をステージ化してみる

企業における研究マネジメントの考察(7)
企業における研究部門のマネジメントについて考えたことを整理しています。

以前の考察でも述べたように、既存の研究マネジメント方法は一長一短がありました。そこから、あればよい特徴を4つ挙げましたが、その中の「ステージを明確に定義する」が可能かどうかを検討したいと思います。

なぜ初めにこれを検討するかとういうと、ステージに分割できれば、ステージゲートのような仕組みを適用でき、マイルストーンが立てられ、もしかすると分業も可能になるかも知れないからです。

今回は、筆者がどのような研究活動を行っていたかを振り返ることで、ステージに分けられるかどうかを考えて行こうと思います。

研究活動の例

筆者が最も純粋に研究に取り組んだ大学院修士課程時代の研究活動を振り返ってみます。修士課程時代、筆者は物理学研究科の素粒子理論研究室に所属していました。そのため、基本的に実験などは行わず、数学を用いた研究を行っていました。(物理学では、理論研究と実験研究は別の研究室になっています。)

筆者が、修士課程時代に行っていた研究活動は以下の通りです。ただし、決して効率的だった訳ではありません。
 (1)調査:研究室に来て、新しい論文をチェックする
 (2)調査:論文5〜10本を粗く読み、1〜2本を精読/追計算する
 (3)調査:研究に関する書籍や論文を読み、荒い仮説を立てる
 (4)試行:数学的に試行錯誤し、煮詰まると帰宅する
 (5)試行:帰宅中に、解決策が閃く場合がある
 (6)試行:閃いた解決策は、帰宅後、一気に検証・理論化する
 (7)検証:理論化した情報を教授に報告し、議論する
 (8)検証:再計算する、コンピュータで確認する
 (9)検証:疑問点を、再検討する
 (10)執筆:一定の理論が見えたら、論文執筆を開始する
 (11)執筆:論文に必要な文献を調査する
 (12)発表:論文を投稿する
 (13)発表:学会で発表する

調査段階
当時、物理学分野では、既にプレプリントサーバーのarXiv.orgが一般的になっており、学術雑誌投稿前の論文原稿をアップロードしたり、それをダウンロードしたりするのが当たり前でした。

特に、素粒子理論分野hep-thへの投稿数は多く、一日に30本前後の論文が世界中からアップロードされていたため、学術雑誌よりもarXiv.orgが知の最前線になっていました。そのため、新規論文を5~10本を粗く読み、興味深い1〜2本を精読あるいは追計算することが日課になっていました。一方、古い文献に関しては、書籍や図書館に所蔵されている論文雑誌で調べていました。

思い返してみると、この日課からは幅広い知識を得られており、最前線では何が議論されているのか?、まだ研究されていない分野はどこか?、転用できそうな考え方や計算手法はないか?、なども知るのに役立ちました。経験則ですが、だいたい同じテーマの論文を80本くらい読むと、イメージを掴める気がします。

得られた知識の中から、「まだ誰も言及していないが、AはBなのではないか?」といった疑問が生まれてきました。

試行段階
理論物理学は、数学を使って研究します。そのため、試行は「どのような数理モデルを仮定するか?」「どのように式展開できるか?」「得られた結果は何を意味するのか?」「何が間違っていたのか?」などをひたすら考え続けていました。例えば、時間が2つある世界(力学系)を考えたりしていました。

しかし、大抵の場合は、煮詰まります。仮定に今ひとつだったり、計算手法で悩んだり、結果の解釈ができなかったり、と理由はさまざまでした。しかし、ここで諦めずに考え続けると、時折、閃きが走ることがありました。よく、アイデアが浮かぶ場所を3B(Bus、Bath、Bed)といいますが、筆者の場合は、帰宅時の歩行中と電車のシートに座った瞬間でした。

閃いたアイデアは、一晩もすると忘れてしまうので、すぐにある程度の理論化や数式化を行うようにしていました。そうすることで、次の日にも忘れずに検討することができました。

検証段階
理論物理学の場合は、最終的に数学的に証明することが、検証に当たります。しかし、その途中では、教授と議論したり、Mathematicaのような数式処理ソフトで計算させてみたり、プログラムを作成して数値計算させてみたりと、いくつかの方法で正しさを確認していました。

もちろん、検証の結果、間違いに気づくこともあります。その時は、間違いを正して、再度検証する、あるいは、そのまま試行錯誤に戻ることもありました。

執筆段階
数学的証明の妥当性が見通せると、論文執筆に取り掛かります。

論文は、当時、論文投稿にそのまま使用できたLaTeX形式で書いていました。この時、試行段階・検証段階でも計算式は途中計算を含めて全てLaTeX形式で書いておき、公式を再度記述しないで済むようにし、効率化を図っていました。

しかし、逆に、参考文献の整理を怠っていたため、論文を執筆しに必要な論文を再度探したりして、非効率になっていた部分もありました。

発表段階
論文を書き終えるとarXiv.orgや学術雑誌に投稿したり、書き終える前に学会発表したりして、得られた知識を外部に発表しました。

研究活動ステージ

上記は、筆者の経験を段階に分けただけでしたが、これを他の研究にも当てはまるのかを検討します。また、各段階を、研究者の活動ではなく、知に対する活動と解釈しなおしたいと思います。

調査段階
調査段階は、自身の研究テーマに関係あろうとなかろうと、知を収集・蓄積し、全体的イメージ(形相)を作り、疑問を見つける段階でした。

上の例では、主に文献調査を行っていましたが、知を収集・蓄積する手段は、その限りではありません。例えば、文献調査の他にも、観察や観測によって情報を得る手段や、人にインタビューを行って情報を得る手段、対象を測定してデータを採取するという手段、などがあります。

集めたデータ・情報は、多くの場合は既存の理論や事実と組み合わせ、頭の中に全体的イメージ(形相)に合わせて、体系化あるいは構造化することで知識化します。例えば、グラフや表、モデル、樹形図などにし、全体を表すイメージをつかみます。ただし、次の疑問を生み出すことが重要なので、体系や構造は不完全でも構いません。

すると、その体系には、欠落した部分があったり、類似した体系があったり、部分同士の違いが見えたりするので、多くの場合は、何かしらの疑問が出てくるはずです。疑問のパターンを、考えうる限り、列挙してみます。
 (1)全く別の体系Aと体系Bはよく似ているのはなぜか?(形相の類似)
 (2)体系Aには、要素Bが不足していないか?(質料の不足)
 (3)要素Bは同じでも、別のやり方Cを適用したらどうなる?(作用の置換)
 (4)同じやり方Cで、要素だけを変えるとどうなるだろう?(質料の置換)
 (5)同じ仕組みを、別の目的に使えないか?(目的の転換)
 (6)目的の連鎖にギャップがないか?(連鎖の欠損)
 (7)要素は分かったが、メカニズムがわからない(作用の不明)

ここから、調査には二つのステージ「収集」と「整理」がある事が分かります。っここでは、知を「収集」や「整理」しているので、「知の収集」「知の整理」と名付けます。

試行段階
前述の事例では、数学的に検討していましたが、研究分野によって手法は様々でしょう。例えば、天文学で恒星のライフシナリオの一部にギャップをあると疑問を持った場合は、物理学的に何が起こるはずなのかを検討したり、化学分野なら化学反応で反応経路を予測したり、生物学であれば生物の進化の過程を予測したりします。

どのような研究分野にしろ、試行段階は、上記の疑問の解決方法を予測し、確からしさ検討して、仮説を立てる段階と言えます。この段階は、仮説という知を作っているので、「知の開発」ステージと名付けることにします。

検証段階
前述の事例では、数学的な証明によって検証していましたが、多くの研究では実験を行うことになると思います。しかし、経済学では統計による検証を行なったり、天文学では観測を行なったり、実験が難しい分野ではコンピュータ・シミュレーションを行なったりと、検証方法は多岐に渡ります。

検証段階は、大抵の研究では時間がかかります。実験の準備や、統計のためのデータ収集、粘り強い観測、シミュレーションソフトウェアの開発など、時間がかかる作業が多いためです。

いずれにしろ、検証段階は、知の一つである仮説の検証を行なっており、そのまま「知の検証」と名付けることにします。

執筆段階
この段階は、検証された知を、伝達可能な媒体に書き出す段階です。大抵の研究は、最終的に論文にします。それ以外にも、学会発表の予稿だったり、プレスリリースの文面だったり、一般的な雑誌の記事だったりします。また、経営学では書籍にする事が多いですし、調査会社ではレポートとして販売されていますし、今ならウェブサイトで発表する方法もあるかも知れません。あるいは、企業であれば社内報かも知れません。

いずれにしろ、研究者だけが知っていては意味がないので、伝達可能なコンテンツを製造する必要があります。そこで、この段階は「知の製造」と名付けることにします。

発表段階
研究者の実績は論文で決まるので、大抵の場合は論文出版によって研究を発表します。しかしながら、前述の通り、現在は発表媒体が多岐にわたるように、発表方法も多くの手段が存在します。

ただし、大学における研究は研究成果を公知にしますが、企業における研究では企業秘密にする場合もあります。秘密にする場合も、公には発表せずとも、社員には伝達しますので、「知の伝達」ステージと名付ける方が適切でしょう。

企業における研究の場合

企業における研究では、大学における研究とは異なる点が2つ存在します。

まず、研究分野を決める際に、企業の経営戦略に沿った形にする必要があるため、研究戦略を策定する必要があります。大学では研究室によって研究分野は決まっているため、これをあまり考慮することはありません。

また、企業では営利を得なければならないため、研究成果を商品化し、販売まで繋げなければなりません。そのため、企業では「研究成果を発表して終わり」というわけには行きません。ただし、商品がレポートであれば研究部門だけで完結されることもできますが、一般の場合は商品化は別の部門が担っています。そのため、商品化のステージを、研究活動に含めるかどうかは、企業の体制に依存します。

まとめ

以上により、研究活動ステージは、次のように設定できるかも知れません。
(1)研究戦略 ・・・研究分野や研究手法を大まかに決める
(2)知の収集 ・・・必要・不要に関わらず情報を集める
(3)知の整理 ・・・集めた情報を整理し、疑問を提起する
(4)知の開発 ・・・疑問を解消する方法を推測し、仮説を出す
(5)知の検証 ・・・仮説の正しさを検証する
(6)知の製造 ・・・検証された知見を、伝達可能なコンテンツにする
(7)知の伝達 ・・・製造されたコンテンツを使って社内外に知らしめる
(8)知の商品化・・・研究成果を使って商品化する

以降、上記の(2)〜(7)を「知の生産プロセス」と名付けることにします。

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