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企業と人生の多角化、「ビジネスのネイティブ言語」を何にするか

さて、先回「多角化」の話をしました。

そこで、多角化するにあたり、どういう多角化が「やみくもな多角化」で、どういう多角化が「筋のいい多角化」なのか。

これは非常に難しいですが、私が自分の会社や、これまで見てきた会社をみてくるなかで、私なりの判断基準を紹介したいと思います。

それは、「自分(企業)のネイティブ言語にそっているか」です。ここで言う言語とは、英語とか日本語とかタガログ語とかそういうことではなくて、ビジネスとしての数量感覚、時間感覚、リスク感覚みたいな「センス」のところです。

最初に言っておきますが、この「センス」は良い悪いはありません。それぞれの業界において最適な「センス」はあります。

変化が早く8割の完成度でもどんどん商品をリリースする方が重要な業界では「慎重、臆病、のろま」とされる性格の人が、数年かけてテストにテストを重ね安全が確かめられたからリリースするようなインフラ商材だと「確実な仕事をする人」と評価されたり、

あるいは、前者の業界にいた人が、後者のような業界に足を踏み入れると「短慮」「考えが浅い」「仕事が雑」と言う評価を受けたりします。

そして、「人」だけでなく「会社」にも「社風」、「ビジネスモデル」としてのネイティブがあります。最近の言葉で言えば「会社のカルチャー」というやつです。

結論から言えば、「出来るだけ同じ言語でやれる商売」「出来るだけ今の会社のカルチャーでやれる商売」に多角化する方が、「人」も「企業」も無理のない多角化が出来ます。

このセンスを養うものは、様々な要因、生来のものもありますが、大きなものとしてここでは4つの要因「ロット・商品スパン・顧客数・一般財か専門財か」の4つに分けて考えたいと思います。

1.ロット

まず、ロットです。当社のような種麹という商品。たとえば、ある商品を全国の蔵元が1回ずつ当社の商品を使ったとしても、1000袋以下です。極端化しましたが、まあ、そういうサイズ感の商売がベースにあります。

それに対して、例えば、スーパーやコンビニで売ってる缶コーヒーなんかだと、何万本、何億本の世界ですよね。後に一般品の方がロットが大きく、専門品の方がロットが小さくなります。

そうすると、「固定費」の感覚がズレるのです。たとえば、パッケージをつくるとして、同じデザイン料10万円、パッケージの抜き型作成料5万円、計15万円としましょう。そのパッケージで販売する商品が1万個なら、1つ当たり15円ですが、100個限定発売品なら1個あたり1500円のパッケージです。

あるいは、新発売で広告宣伝を出すとしましょう。雑誌の広告枠が20万円だとします。1万個つくる商品なら2円、100個の商品なら200円が、原価の中の広告宣伝費となります。

ロットが大きい業界にいた人が、ロットが小さい業界に移って、まず躓くのがここです。「広告宣伝やりましょう」と普通に言っても、それが金銭的に大きな負担だったり、「どのチラシが効果あるのか試作で何パターンかつくりましょう」といっても、ロットが小さいと、その固定費が回収しきれなくなります。

戦い方が全く異なるのです。

「スモールにスタートしましょう、スモールに」といっても、そもそも普段から100万単位を扱っていて、その1%でも1万個の「スモール」と、まず顔の見える人から100個のスモールでは、試作費、広告宣伝費、人件費などを個数割りした原価構造が根本的に違います。

あるいは、ロットが小さいところからロットが大きいところにいくと、「固定費用が原価にのってくる」という意識が抜けないと、ロットが大きい業界では普通の支出でも、非常に金銭的にリスキーな感覚を覚えて、必要以上に保守的に振る舞い、出遅れることになります。

日常的に扱っている商品ロットの桁数というのは、ビジネスパーソンとしての金銭感覚に非常に効いてきます。

同じ飲食店でも、1日限定5組のレストランと、行列を捌いて1時間当たり何人捌けるかの人気クレープ屋では、備品の発注量が違いますよね?これを同じ「飲食」とくくってしまうと、どっちからどっちへの乗換でも、意識して乗り越えないといけない壁になります。

2.商品開発スパン

商品のライフサイクルとも言うべき話です。一般にIT業界のような無形物ほど早く、有形物で基礎物質ほど長くなります。

例えば、ABテストをして今日の午前の改善が、今日の夕方にローンチみたいなものもあれば、飲食のメニューですと概ね半年ぐらいの開発期間でしょうか。

メディアもそうですね。「今朝取材したことが今日の夕刊」という世界。そして、新商品、すなわち新事実に基づいた新記事は、12時間後の朝刊。これは見方を変えると「商品開発が数時間、商品廃盤までが半日」という話です。対して、清涼飲料水だと商品開発から店頭に並んで廃盤になるまでが平均6~8年と言われています。

ちなみに、我が発酵業界は八丁味噌などは二夏半と呼ばれるように、「研究室でテスト→発酵熟成→商品化テスト→賞味期限までの保管テスト→合格→実際に工場のラインでテスト」など、麹菌の商品提案から、実際に採用して売上げになるまでに数年単位というのはざらにある一方、定番商品になれば、それこそ百年に近いレベルで同じ商品が同じ得意先に出続けているみたいなこともありえます。

発酵よりもさらに長い業界としては素材系ですね、鉄鋼業があります。鉄鋼業は商品のライフサイクルが2~30年になるようです。新入社員の頃に開発に関わった商品が、自分が役員になった頃に主力商品になってるようなイメージでしょうか。

当然ながら、決定への身軽さ、時間やリスク感覚が変わるのは容易に想像がつくと思います。

ZOZOスーツの大量生産失敗は、IT業界の時間感覚で、被服製造業を取り仕切ろうとした。そのことにあると思います。

これまでのキャリアの中で、コンビニのプライベートブランドや、自動車メーカーと話をしてきて、メーカーって鈍臭いなと思っていた部分がありました。彼らは、今ぐらい(11月)で来年の春ぐらいのことを話しているじゃないですか。半年以上先となると、どんな世の中になってるかわからないのになぁと思っていたんです。それこそ意識高いビジネスパーソン風に言うと『利益率も低いのに、鈍臭い、頭が固い、時代遅れ』という感じ。でも、今こうして実際にものづくりに携わってみると、それだけ時間がかかってしまう必然性があるんだと痛感しています

ということです。

もちろん、「時間感覚が長い業界に短い感覚を取り入れさせる」ことができれば、大きな革命を起こすことにもなります。難しいですが、やりがいあるチャレンジとも言えます。

逆に「身近い使い捨て感覚の業界に、長い間隔を持ち込む」と、ラグジュアリー化、高付加価値化に繋がっていく話になります。

3.顧客数

これは、コンサルティングなどのように、特定少数のお客様を相手にする商売か、一般消費財やサービスのように万人単位をお客様にする商売かです。

たとえば、税理士事務所などでは、おそらく顧客の名前を全部言えるでしょうし、発注者(=多くの場合経営者)の顔と名前が一致すると思います。しかし、駄菓子メーカーの社員が、全てのお客さん、自分のところの駄菓子を買ってくれるこども全員を知ってることはないでしょう。あくまで、それらは、ある程度まとまった集団として認識され、統計的にデータとして丸められてきます。

当社に限っては、あま酒の全顧客は分らないです。デパートや高級スーパーデカっていただくお客様を一人ひとり把握は出来ないです。ただ、「大吟醸用の種麹」であれば、各蔵レベルは最低限、多くの場合は実際に使っている杜氏さんや工場の担当者の方を把握しているケースがほとんどです。

そうすると、これは、「商品やサービスをどこまでカスタマイズするか」という感覚、簡単に言えば「例外をどの程度無視するか」の感覚やセンス「お客様とは一期一会になることがおおいか、長年の付き合いになるか」という前提からくる、個別のお客様との間にどこまでの信頼関係を醸成するかという、お客様との距離感センスにも関わってきます。

当社の場合は、種麹という「メーカーの方と直接取引する時間感覚や信頼関係感覚」がベースにあった会社であったため、あま酒という一般消費財でも、基本は卸売りをしています。店舗を自社で構えて、1万人といわないまでも、1人1人のお客様に直接相対するよりも、当社のことをよく知っている卸、商社の担当者様とBtoBとして、定期面談で信頼を深めるやり方の方が、当社のカルチャーにフィットするからです。

そもそも、飲食店などにあるようなポイントカードベースの顧客データベースだと、当社は1から作り直しですが、卸会社を絞ってお付き合いすることにより、種麹のBtoBの顧客管理システムを、それほど大きな改修無く利用することが出来ます。

もちろん、お客様と直接相対するメリットは計り知れませんし、どこかでビジネスをスケールするタイミングでシステムの改修なども必要ですが、そこに行く前は、カルチャーにフィットしたやり方でのスタートの方が、事故がないと思っています。

4.一般財か専門財か

一般財、専門財という表現をしましたが、その商品やサービスが必需品かそうでない品物か、という言い方でもいいかもしれません。

例えば、アクセサリーなどが典型でしょう。絶対に必要なものかと言えば不要なものです。指輪が無くても生きていけます。コンビニで売ってるスイーツなんかもそうですね。「必要でないものを如何に買ってもらうか」です。旅行、外食などもそうでしょう。別に旅行に1回もいかなくても死なないですし、外食しなくても生きていくことは出来ます。

ぶっちゃけ、今回コロナで一番ダメージを受けた「不要不急」と言われる商品やサービスのゾーンです。そして、BtoBでも、このゾーンはあります。例えば、今よりも少し処理が楽になるクラウドサービスみたいなものは、今回のコロナ禍のようなときでは「一旦、不要なサブスクリプションは全部解約して、多少工程が増えても自社でやろう」みたいな判断になります。

一方で、「業務の根幹に入り込みすぎて、もう、このシステムに依存しちゃって、これがないと業務が完全ストップです」というようなものもあります。

また、「誰にでも売れるもの」か「ニーズがないところには全く価値がないもの」か、というのも大きいです。これは、BtoBかBtoCかは余り関係がありません。

BtoBでも、例えばコピー機や会計や顧客管理などのシステム、投資商品、保険商品、事務用品、オフィスサービス、ホームページ作成サービスなんていうのは、業界ごとに特化した差別化商品があるとしても、基本的には、相手が製造業でも運輸業でも飲食業でも、業界選ばず、相手が「法人」であればお客さんになりえます。

それに対して、「種麹」ってのは、「麹を造る人」以外には、ある意味何の価値もない商品です。似たようなモノに、「水族館専用の強化ガラス」とか、「靴底専用の衝撃体制の強いゴム」とか、「建築時に使用する足場」とか、そういうものになります。

BtoCでも、例えば「病児保育サービス」を、52歳独身男性に売ることは出来ません。逆に、まさに今、病気の子供を預かって欲しい親御さんは、自分から情報を取りに行って、いろんなサービスを比較検討し、ほぼ確実にどこかに発注します。

それに対して、「ふかふかの寝心地の良いソファー」なんていうのは、戦略的に男性とか女性とかターゲットを絞ることはもちろんありますが、基本的には誰に対しても売ることが可能です。

むしろ、誰に対しても売ることが出来るからこそ、自社でターゲットを絞っていくというのが思考のクセになりがちな業界ともいえるでしょうか。

そして、専門サービス、専門商品であるほど、「相手がそもそも商品知識を持ってる」という状況になりやすいです。種麹なんてまさにそうで、同業他社が数社しかいないので、最初からその数社の比較からスタートになります。認知率100%からスタート。

これが、法人全般向け商品だと「まず見込み客を探して、認知を取って、認知取った中からリアクションが何%で、、、」というマーケティング設計になりますが、そもそも、そんなステップもノウハウが必要ないという話。

現実、当社の種麹分野の広告宣伝比率は売上げ高対比0.1%です。1000分の1です。それでも認知100%です。こういう商品だと、お客様側の商品知識も豊富で、互いにかなりの情報量を持ち、かつ、商品に対する期待や要望も整理された状態からの商談スタートになります。 

もちろん、種麹は多分極端な商材だと思いますが、専門財を扱ってると、あまり自分から宣伝しなくてもお客さんが向こうから来てくれるし、逆に宣伝したところでお客さんが増える商品でもない、むしろ、如何に専門要望に技術で応えていくかが勝負、というビジネス感覚が育ちます。

また、必需品は、A社の商品を買わなかったらB社の商品が買われます。失注はライバル会社の受注を意味します。建設会社から足場の受注でA社が負けたら、かならず他の会社が足場の受注をしています。足場が無ければ作業できません。

一方、新婚旅行のように「必ず旅行に行く」が決まっていればJTBでなければ近畿日本ツーリストかもしれませんが、3連休の旅行だったら、ひょっとすると「旅行で良い商品が無かったから、その予算で前から欲しかった高級カーテンを買って、模様替えに充てよう」みたいなことは起こりえます

なので、「他社の顧客を奪う」という発想だけでなく、イベント会社のライバルは別のイベントから客を奪うことでなく、スマホゲームの時間を奪って、自社のイベントに足を運んでもらうことが本当の競合だ、みたいなことがあります。

一般財を扱うと、マーケットの定義やサイズを発想次第で自分で選べるという感覚になっていきます。BtoBでも、ゼロックスのコピー機のライバルはリコーではなくて、同じ予算で検討されている、福利厚生の社員旅行かもしれません。(こういうのを間接競合といいます)

ただ、専門財、必需品であるほど、マーケットの拡張性は狭くなります。建設会社が足場の購入を辞めてダンプカーを買うってことはありません。「この面に高さ何メートル幅何メートルの足場が必要なので発注する」と決めたら、必ずどこかの会社が、その注文をとります。

そして、こういうものほど、「スペックと価格比較」がダイレクトに効いてきます。比較基準もはっきりしているので、品質、価格、納期など、「数値で測れるもの」での勝負、決まった予算、決まった規格の中での勝負という色が濃くなります。

ブランディングでいう「機能的価値勝負」の世界になります。(スペックが悪くても経営者とのコネで受注するというアプローチもありますが、それは別の話)

逆に、先ほどの旅行の例だと、お客様の関心を刺激することにより、当初5万円の予算のつもりのお客様の財布を緩めて、より上位の高級旅行にして10万円の商品を買っていただく、飲食なら年1回の来店を年2回にしてもらう、というようなことが、工夫次第であり得てきます。

しかし、種麹や水族館のガラスなどの専門必需商品は、「楽しそうだから10袋必要なところ20袋買った」とか「水槽1つ分、10m分のガラスで良かったけど、面白そうだから20m分発注した」みたいなことは起きないので、ニーズを自分たちの努力で増やすことが出来ないです。

※エスキモーに氷を売ることだって出来る!新しい需要開拓!というツッコミあると思いますし、そのチャレンジングな姿勢は尊重しますが、エスキモーに氷を売るためのエネルギーがあるなら、多分、もっと自分のテリトリーに近いところで勝負する方が、普通の場合は早いです。

そう、「数値に値段がつく商売」と「感情に値段がつく商売」では、ビジネスの組み方、価値判断基準、品質のブラッシュアップの仕方、個人として身につく能力とセンスも、会社としての風土カルチャーも、全く異なってきます。

まとめ

以上、4つの要因「ロット・商品スパン・顧客数・一般財か専門財か」ごとに、どのように個人で言えばセンス、会社で言えばカルチャーが異なるかというのを説明しました。

多角化ということでいうと、JT(日本たばこ産業)が清涼飲料水にいった多角化が成功例ですが、これは「たばこ」も「清涼飲料」も、販売チャネルがコンビニや(当時は)自販機だったこと、商品開発サイクルがほぼ同じだったことなど、共通点が多くカルチャーフィットがしやすかったというのが、多角化が成功した要素と言えるでしょう。

逆に、当社が種麹からあま酒に進出したとき、(実はそれ以前に麹を使った健康食品でも)、最初から当社がお客様に直接販売しようとして、全然勝手が違ってダメでした。そこで、先述の通り、カルチャーに合うように、BtoB、少数の卸中心にすることで、社内風土に合うようなビジネスになり、それなりには軌道に乗りました。

逆に、こういうセンスやカルチャーを無視して、「おなじ麹、麹加工品を売るんだから、いきなり携帯電話売るわけじゃ無いんだから、大丈夫だろ」という感覚で、違う業界という意識無く当初乗り込んだことは、勉強になりましたが、大きな苦労でした。苦い思いもしました。

地方の製造業の人に多いのが、「自分の作ったモノ」に自信がある余り、センスやカルチャーが全く違う業界に乗り込むという視点が無く、BtoBからBtoCに行ったり、全国展開でチャネルを変えたり、ということをしてしまうこと。これ、上手くいかない多角化の原因の一つです。

センスやカルチャーが合わない業界に乗り込むというのは、悪いことではないです。一番最初に書きましたが、「言語」なので、「言語」はあとから修得することができます。色んな業界を目指して、バイリンガル、トリリンガルになることだって出来ます。その方が選択肢の幅が出ます。そこは戦略です。もちろん、一つの言語に集中して専門性を高めることも戦略です。

ただ、ビジネスのセンス、会社のカルチャーには「ネイティブ言語」にあたるものが存在するよと言うことは、念頭に置くと良いでしょう。

そして、個人に関して言えば、やはり、社会人になって3年目までくらいで「ネイティブ」が決まるように思います。

最初に就職した会社、業界のセンスやカルチャーについては、それがその会社や業界独特のものかという比較も出来ないので、「この感覚が、どんなビジネスでも常識の感覚」と思いやすいですからね。

なので、なるべく視野を広げる機会を得て、意識的に「ビジネスセンスの第二言語」を修得といわないまでも、存在に触れておくことが、これからの多角化、複線キャリアとして重要になるでしょう。

そして、自分の「ネイティブ言語のクセ」に自覚的になることで、スムーズに自分の人生を多角化したり、企業の多角化の進出分野を決めたり、あるいは、意識的になれば「これはチャレンジングな進出なのか、どの点がチャレンジングなことになるのか」ということも、より、戦略的に挑むことが出来るようになります。


「自分のビジネスセンスは、何がネイティブなのか」という視点を、是非、持っていただきたいと思います。


そして、前回「本業主義を捨てろ」と書きましたが、実は「本業」とは、「うちは**を売る会社です」ということではなくて、「自社のネイティブ言語を活かしていくこと」、その結果として、携わることになった仕事こそが、本質的に無理なく受け継いで、大切に継続していくことが出来る「本業」になるのではないでしょうか。

最後までご覧いただきありがとうございました。 私のプロフィールについては、詳しくはこちらをご覧ください。 https://note.com/ymurai_koji/n/nc5a926632683