実家宝くじ

「ガキの頃は住んでる場所でガッコが決まるもんだから、周りに金持ちのガキが居たりするだろう」
 ちゃぶ台を挟んで向こう側、空になった一升瓶を抱えた親父が話しだした。
「ソイツは俺みたいな貧乏人に高い玩具やら新品の服や見せびらかすんで実に鼻につく野郎ばかりだ。お前が気にしてるのもそんな手合いだろう」
「うん」
正直その口が動く度臭い息がかかるんで不愉快だが、聞かなきゃ聞かないで鉄拳が飛んでくるんだから救いがない。頬が晴れてるので口を動かすのも億劫だった。
「でもな、そんなもん張り合ったって全く意味はねえんだよ。金持ちの子が成功するのは努力じゃねえからな。生まれた時にそう決まっているんだ」
「うん」
「それと反対に、俺達みたいな貧乏人も失敗することは決まってる。これは理屈じゃねえ、何処かでそう決まってんだ」
「……うん」
 いい加減戯言にもうんざりだ。両の手の拳を握り締めて親父の愚行に耐えていると、親父の手には何時の間にか自分の問題集が握られていた。目を見張る自分の前で親父は問題集を真っ二つに引き裂き、用途を失ったそれを周りに積み上がったゴミの上に投げ捨てる。晴れやかな顔になる親父を前に、怒りを見せぬようにするので精一杯だった。
「なあ、おい。そんな人を殺すみてえな目をするなよ」
 なれなれしい口調で親父は近付き、自分の肩を抱く。何を触ってるのか分からない手で優しく撫でまわされるのが気持ち悪さを余計に増長させた。
「お前にも分かる。努力したって生まれで人間の居場所は決まるんだって。必要以上に傷つかないようにしてやろうって、俺の気持ちは、分かるだろ?」
 肩に置かれた手に微妙に力が入る。痛みはないがこれより先は危険だと言う絶妙な加減で。こうしていれば誰でも自分の言うことを聞く、そんなゲスい考えが見え透いて反吐が出る。我慢はもう、そこで限界だった。
「……私は」
「あん?」
「私は、アンタみたいな下衆とは違う」
 部屋の空気が凍り付く、親父のおとした一升瓶の音が余計に重く響いたような気がした。
「何いってんのか分かってんのか、オイ」
怒気を孕んだ声と共に肩に置かれた手に力が入る。そこから逃れようとして声を張り上げた。
「親がクソ、実家がクソ、周りがクソ。いいよなそうやって自分の無能を押し付ければ楽なんだから……そんなだからテメエはガキにすら嫉妬して邪魔せずにはいられない、どうしようもないクズどまりなんだよ!」
「……!」
「テメエ如きが何処に生まれようが、行きつく場所は変わらねえ、このどぶの底だよ!」
 閃光。脳の奥で光が瞬き、ちゃぶ台の上に突っ伏した。豚の鳴き声みたいな声を上げる親父がやたらめったら自分をぶん殴ってくるのを、朦朧とした意識の中で感じた。
 もううんざりだ。一升瓶を掴んで、自分は歯を食いしばりながら決意する。
 ここに居ればこのクズの他になれるものはない。もうこんなクソッたれに頼れない、頼らないと決めたのならば、やる事は一つだけだ。
 一秒にも満たない思考、勇気を奮って瓶を振り上げる。
 感じた事の無い鈍い感触、気が付けば拳の応酬は止まっていた。
 血を流して伸びている、親父の泣き出しそうな顔をみて、自分はそれでやっと笑うことが出来た。
 ほら見ろ、家の問題くらいなんてことは無いじゃないか。
 達成した満足感に浸りつつ、自分は最後の一撃を親父におみまいした。 

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