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芸人人生10年間を振り返ってみた。


僕の芸人人生の辿ってきた歩みを、記憶する限りではありますが、振り返っていこうと思います。
印象深い出来事や忘れられない思い出を、年表みたいな感じで書いていきます。

芸人をやっている間は、なんとなく「過去にとらわれるのはダサい」という感覚があったのですが、もうその生活にピリオドを打つので、新たにリスタートを切るという意味でも、最後に記録としてまとめたいと思います。

厳密にいえばデビューしてからの芸歴は9年ですが(もっと厳密にいえば8年11か月)、NSC時代の1年間も含めると10年になるので、キリ良く10年間とさせていただこうと思います。
タイトル的にも「10年」ってワードの方が強いですよね。

NSC時代の記事は前に書いたので、デビューしてから今までの記憶を辿っていきます。

ここ何年かの大阪の若手お笑い事情が少し分かるようにもなっています。途中から有料記事になりますが、興味のある方は是非読んでみてください。


※記事中に載せる写真は転載不可でお願いします

※過去のスマホに大量の思い出写真が残っていました。芸人の皆様(特に同期)、関係者の皆様、もし今後使うことありましたら、ご一報ください。








【2014年度(芸歴1年目)】


4月~6月
NSC卒業とともに宗安(現:チェリー大作戦)とのコンビを解散し、それをきっかけに京都の実家を離れ、大阪に住むことを決意。

NSC時代、宗安とのコンビ「ランデブー」でMCする僕。


そのため、約3か月はバイトをしまくりお金を貯める。昼はホテル、夜はクラブのボーイ。

7月
仲の良かった同期の星霰(ほしあられ)という人間と、「マンゴーズ」というコンビを結成。
僕が考えたのだが、「バナナマン」的なニュアンスが良かったのと、最後に「ズ」を付けたかったことからこの名前に。

ラジオ番組の時のマンゴーズ。左のき○たまが星霰。



同時に引っ越し完了。
桜川のエレベーター無し5階の1Kアパート。
良いところは押入れが大きかったところ。悪いところは押入れが雨漏りしたところ。
人生初めての一人暮らし。マッチングアプリを覚える。

8~11月
5upよしもとのメンバーになるための「オーディション予選」(2分ネタ。おもんなかったら途中で強制終了。ネタをやり切ったコンビだけEDに集められ、合格者発表)なるものにチャレンジし続ける日々。全然受からず。

5upよしもとの芸人によるお芝居「さよなら龍馬」に参加する。主演・プリマ旦那野村(現:令和喜多みな実野村)さんのライバル役・土方歳三として出演するなど、無名の1年目の割にいい役をもらう。
この時いきなり、一気に上の先輩と仲良くさせてもらう。
堀川絵美さんとガンバレルーヤよしこさんにバイトを紹介してもらう。

すごい面々。
終演後。



12月
よしもと漫才劇場、開館。
事務所所属の全芸人が出演するお披露目公演で、この世の終わりくらいスベる。

「UP TO YOU!」という名の新オーディションが始まる。
従来の2分ネタから5分ネタに変更になり、適応に苦しむ。
観客投票はなく、全て作家の投票により勝者が決まり、そこでも評価されない日々が続く。
会場は難波から、中崎町のライブハウス「B.SQUARE」に移動。文字通り「地下」のライブを経験する。会場が長細かったな~。

焼き肉を食べる1年目の僕。


【2015年度(芸歴2年目)】


特に大きな出来事はなし。
UP TO YOU!で勝てない日々が続く。

この頃はライブ内で1位を発表する形ではなく、1か月単位で、劇場メンバーになれるチャンスである翔GPに出場するコンビの名前ががメールで送られてくるだけだった。
選考基準の不透明さもあり、応援しているファンや、選ばれない芸人にモヤモヤがつきまとっていた。
僕もずっと文句を言っていた。「なんであのコンビが選ばれるねん。」


月2~3回の吉本のライブだけではおもしろくなるわけないので、インディーズライブに出まくる日々。
難波のトリイホールで行われる「バトルZAライブ」や、梅田のamホールで行われていた「キタイ花ん」などに出演。

これらのライブは、点数や順位が付くので、まがりなりにも参考になるし、「ああ、このネタは使えそうだな」とモチベーションを保つ意味でとても大事だった。

「バトルZAライブ」は90点以上出したり、その回で1位を取ったりすると、年末の特別編(年間グランドチャンピオン大会的な)に出演することが出来て、それが一つのステータスみたいに思えた。
僕らもそれに出演したときはうれしかった。

ステータスで言えば、「キタイ花ん」にもそれがあった。
上のクラスのライブ「キタイ花ん」と、下の「キタイ花んセカンド」があり、下のライブで上位2位に入れば、次月上のライブに昇格、上のライブで下位になれば降格、といった入れ替え制になっていて、僕たちは一度上がってそこから「キタイ花ん」に残留し続けていた。

「おもろい先輩(さや香さん、ビスブラさん、黒帯さん、大自然さんなど)と一緒のレベルにいれる」という少しばかりの優越感のみでこの頃は過ごしていたように思う。

これらのインディーズライブはお客さんの投票もあるので、ファンの方も応援しがいがあったと思う。一時期キタイ花んは、200人以上のお客さんを集め、非常に盛り上がっていたことを記憶している。

「キタイ花ん」に出演していた頃のマンゴーズ。


他にも、地下アイドルとのライブに、一期上の先輩に混ぜてもらい、毎月出ていた。35期さんにはこの時期大変お世話になった。

そんな中でも、よしもとの劇場には上がれなかった僕ら。
コンビでの活動に限界を感じ、2016年の3月、新世界朝日劇場であった同期ライブを最後にマンゴーズを解散する。

同期ライブの時のマンゴーズ。
後ろはラテンソウ(現:11月のリサ)大森。


【2016年度(芸歴3年目)】


4月~9月
解散してすぐに、ずっと組みたいと思っていたある男と、コンビを結成しようと思い立つ。その男の名前はメラちゃん。

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