選挙は「聞こえる」ようになっているのか?
先日、「Yahoo! Japan 聞こえる選挙」がいつの間にかサービスを終了してしまっていたのを知りました。
「Yahoo! Japan 聞こえる選挙」は、選挙の情報が視覚障害者にとってアクセシブルでない問題を指摘し、選挙公報や選挙結果をスクリーンリーダーでも利用できる形式で、弱視の人が見やすいよう黒背景に白文字のビジュアルで掲載していました。プレスリリースによると、2017年の東京都議会議員選挙から2022年の参議院議員選挙まではサービスが提供されていたようです。
選挙の期間には、いろいろな民間のメディアで候補者や政党の情報を発信してくれます。しかしこれらの情報は、どうしてもメディアや関わる人たちの立場が少なからず影響したものになってしまいます。メディアになかなか扱かわれない候補も、メディアに露出しようとしない候補もいるし、すべての候補のそのままの主張が一覧できる選挙公報は貴重であり重要なものです。
「聞こえる選挙」の運営は、選挙公報の内容を書き起こして掲載する作業を短い選挙期間になるべく早く行う必要があって、運営がとても大変だったはずです。短期間に大量の作業が必要で、広告などによる収益も期待できないともなれば、サービスの継続が難しくなっていくことは想像に難くありません。
選挙公報は「聞こえる」のか?
そもそも選挙をやっているのは、国民が平等に政治に参加するためだったはずです。ところがその選挙の候補者の情報を平等に伝えるはずの選挙公報へのアクセスが、民間企業によってようやく視覚障害者へ提供されていたとすれば、それ自体が健全とは言えない状況です。
そこが気になって、今回の衆議院議員選挙の状況について調べることにしました。
音声版の選挙公報
東京都選挙管理委員会の、今回の衆議院議員選挙の特設サイトには、小選挙区の各候補者・比例代表・最高裁判所裁判官国民審査についての選挙公報の音声データが公開されています。
比例代表と国民審査については、「愛盲時報 号外」として「日本盲人福祉委員会 視覚障害者選挙情報支援プロジェクト」が音声訳し、各都道府県の選挙管理委員会がカセットテープにダビングして配布しているものであることが読み上げられます。
小選挙区については、候補者ごとの音声ファイルが各選挙区の候補者一覧に置かれています。ただし一部、音声ファイルの存在しない候補者もいるようです。これらの音声も各候補者の陣営により録音されたものではなく、おそらく比例代表や国民審査と同じように視覚障害者選挙情報支援プロジェクトによるものでしょう。
視覚障害者情報支援プロジェクトは全国の選挙区について、音声版のほか、点字版やDAISY(録音図書)版も作成しているようです。
東京都は選挙公報の音声がWeb上で公開されていましたが、これは都道府県によって状況が異なるようで、たとえば千葉県の選挙管理委員会はWebサイトに音声版の選挙公報を公開していないようです。
「音声読み上げ対応」のPDFが正しく読み上げできない
選挙公報については「音声読み上げ対応」のPDFも掲載されています。「音声読み上げ対応」のPDFが用意されている候補者とそうでない候補者がいることから、おそらく候補者から提出された場合に掲載しているのだと思われます。
ところが、このPDFファイルをスクリーンリーダーで読んでみると、ほとんどのファイルがきちんと読み上げられませんでした。同じ文字が何度も読み上げられたり、読む順番がおかしかったり、読み上げられない部分があったりと、「読み上げ対応」とはとても呼べる代物ではありませんでした。
PDFをスクリーンリーダーできちんと読み上げられるようにすることは可能です。上手く作れば、スクリーンリーダーでも快適に読めるPDFを作ることができます。しかし、その存在や、やり方はあまり知られていません。
おそらく「読み上げ対応」のPDFは、印刷物の入稿時に求められる「文字のアウトライン化」をしていないPDFを提出している候補が大半なのではないかと思われます。果たしてそんなファイルを「読み上げ対応」として配って良いものなのでしょうか?
(もちろん、アウトライン化して何も読み上げられないPDFよりはマシではありますが……)
インターネットとアクセシビリティを前提にした選挙公報のあり方とは
今回、「聞こえる選挙」のサービス終了がきっかけで、視覚障害者をとりまく選挙公報のアクセシビリティの状況を認識しました。音声版・点字版の選挙公報が作られ配布されるようになっていること自体、それよりも前と比べたら進歩しているのだとは思います。しかしWebアクセシビリティに馴染んでいる身からすると、もっと今の時代に合わせて、やれることがたくさんあるように思います。
「聞こえる選挙」も、選挙公報のアクセシビリティの問題を指摘していました。その問題提起を兼ねて企業がサービスを運営し、しかし継続していくことができなかったわけですが、なぜ選挙公報をアクセシブルにして発信するという行為を、民間企業がやらなければいけない状況なのでしょうか。
今回の衆議院議員選挙は選挙期間が短く、音声版や点字版の選挙公報を作り届ける作業が特に大変なのだそうです。もちろんインターネットを使えない視覚障害者もいる以上、音声版のカセットテープや点字版の冊子は必要不可欠ですが、しかしインターネットを使える視覚障害者が、これらの送付を待たなければいけないのはおかしな状態です。
「音声読み上げ対応」PDFが本当に「音声読み上げ対応」であるのか、選挙管理委員会は確認したことがあるのでしょうか?たとえば「音声読み上げ対応」の選挙公報はPDFではなくプレーンテキストで提出するような形にできないのでしょうか?プレーンテキストなら、誰でもコストをかけずに準備でき、真の意味で「音声読み上げ対応」ができるはずです。
世界で最初に点字で投票できるようになったのは実は日本で、1928年の衆議院議員選挙からなのだそうです(1925年の普通選挙法による日本初の普通選挙でもあります)。100年前はそんな先進的な面があったのに、選挙公報が未だにこんな状況であることは残念でなりません。