私の障害




私の強迫性障害。


私は、全ての感触がとてつもなく気になる。

特に足。

歩いてる時、
歩いた感触が気に入らなければ、
もう一度踏み直す。
また、気にいらなければ、
何度も何度も
踏み直す。

何十分も、そこに立ち尽くす
いや、踏み直ししている。

気に入らないから。

自分でも、早く次に進みたいし、
早く自分の部屋行きたいし、
早く自分の車に行きたい。

行く時より、帰る時、戻る時が
とても気にするようになっていて、

例えば、部屋からトイレに行く時、
行く時はスムーズに歩けるけど、

帰る時は、スムーズに行かない

何度か立ち止まって、
踏み直して、
やっと部屋に辿り着く。

時間を測ると15分かかっている時がある。
(片道1分足らずの場所だ)


スムーズに歩けない時考えることは、
プラスとマイナス
両方ある。

プラスだと、
あそこは今、気の流れが悪いから、
ここで、立ち止まって、
よくなったら進めるようになるんだ
とか
ここがパワースポットなんだ
とか

後は、
自分を励ます言葉

大丈夫。
歩けるよ。
ゆっくりでいいよ。


でもそれが、毎日毎日続くと、
プラス思考だけでいられない時がある

なんで、歩けないんだよ
早く歩けよ
くそが
しね
ばかやろう

そんな言葉が頭の中を巡る。


それでも、プラスでいようと、
大丈夫

って言う時がある。


けど、


限界がある。



この前、無意識的に
外に出たい と思った
なんでもいいから 外に出たい。と

私は、
今年の4月中旬から、まともに歩けなくなり、
家に居る。
双極性障害も併用して持ち合わせているから、
4ヶ月くらいは、ほぼ寝たきり状態だった。
強迫性障害で、神経を使う事もあり、
疲れきっていたのだ。

そこから、徐々に、
美容室に通ったり、
体のメンテナンスに出かけられるようになっていった。

だけど、
足りなくなってきていた。

私の思いは、
外に出たい
歩きたい
走りたい
ダンスがしたい(短大からやっていた)
買い物に出たい

そうゆう欲求でいっぱいになっていた。
欲求が出てくる程、前より
良くなっていることが分かるけど、

何より
身体が動かない
思うように動かないのが
とてもしんどくて辛いのだ。

この体のまま、外に出かけてもいいのだが、
数分で歩いて帰ってこれる場所が、
今の踏み直しのせいで
一体何時間かかるかも分からない。
そして、その分神経も使う。
周りの目も気にしてしまう。
買い物に行った場合、
こうゆう症状があって~と説明するのにも
気を遣って、元気にならなければ喋れない。

気を遣わなければいい
と思うかもしれないけど、
もちろんそういう場合もある。

けど、全てのことに対し、
気を張っているのだ。

帰ったら、脱力感で半端なくなり、
寝込んでしまうだろう。

そしたら、最近ようやく、
「寝込む」ことから、解放され
昼間起きれるようになったことが、
逆戻りしてしまう。

疲れが、最上限に達し、
疲れて寝てしまう
ことも、結構しんどいのだ。

毎日仕事している人は、
一日中休んでいたい
とか、
1年中、休んでいたい
と思うだろう


だけど、ずっと、毎日
寝ている と、
どこかで、起きて、
自分のしたいこと(本を読んだり、片付けしたり)
をしたくなるのだ。


しかし、疲れてしまい、
寝込んでしまえば
それもできない。


本当は、片付けしたいのに、本を読みたいのに
ゲームしたいのに


寝込んでいれば、
次の欲求が出る
起きられるようになると
次の欲求が出る

欲求が解放されないままでいる時
私はほぼ無意識にベランダに出た。
ベランダの柵を乗り越えようとし、屋根に移ろうかと
した時に、ハッと意識を取り戻した。

自分でも少し危ない時だったと今でも思う。

そして、外に出たい という欲求が湧き出し
散歩にでかけた。
夜の散歩だ。

上は暖かくし、
サンダルで、秋の外に出た。

私の地域は、秋でも凄く寒い。
それを知っていながら、
川に行きたいと思ったのだ。
川に行き、水を肌で感じたいと。

夜の道は暗くなく、月が道路を照らしてくれていた。

行きはよいよい、帰りはなんたら
という言葉があったと思うけど正にそれだった。

私は川までの、距離歩く事ができなかった

少し前までは、散歩として、川沿いを通り、
大体1時間の距離を歩いていたのだ。
障害の症状がまだよかった時だ。

私はその散歩道の4分の1も満たない所で
足が止まって、帰ることにした。

帰り道は、ほぼ地獄のようだった。

途中で止まり、
感触が気に入らなければ、
踏み直して、
時に足を引きずり

自分を励まし、バカにし
家まで帰ったと思う。

家に帰る頃には、両足の人差し指が皮が向け、
片方の指からは、血が出ていた。

何故か、笑ってしまった。

頼りないような、乾いた笑いだっただろう。


その後、
やはり水を浴びたいと思った。

風呂場に行って、シャワーを浴びたら
流石に水が冷たすぎて
速攻お湯にした。
虚しかった。

そして、暖かいお風呂に入ったら、
段々いつもの時間が戻ってきたようで、
いつものように、
髪のケアをして、
いつものように、
部屋に戻った。

あの時間はなんだったんだろう。
思うと、
双極性障害の鬱状態が
ドッと溢れてきたんだと思う。

目が醒めた時、
とても悲観的な気持ちになり、
そして、泣いていた。

苦しかった。

どうにかしたかった

どうにかしてほしかった。


だけど、多分
どうにもできないまま
私は生きていくんだと思う。

そして、どうにかしようと、
プラス思考で私は生きていくんだと思う。

悲観的な時は、双極性障害の鬱期なんだろう
って思って。

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