暇ではないがつれづれなるままに短編小説書いてみました~1~
「あれ、洗濯機回してたっけ?」
ふと見ると、洗面所にある洗濯機が動いている。
テレビに写るは朝の情報番組。
朝に洗濯をする習慣が私にはない。
「変だな?」
見に行こうした時、後ろから声がかかる。
「ご飯だよ」
うん?っと思い振り返ると、テレビ前のローテーブルにトーストやコーヒーが並んでいて、姉が笑いながら手招きをしてきた。
「あれ、お姉ちゃん、いつから?」
ビックリして変な声が出た。
「…寝ぼけてる?」
「へっ?」
姉は真剣な顔をして、私のおでこに手を当てる。
「熱はない。さては、夕べ、また乙女ゲームしてて夜更かししたな。」
笑いながら、子供の時からの得意技、デコピンをしてくる。
「痛!」
おでこを押さえつつ、ハトマメ状態の私の両肩を姉はグッと押さえ、テーブル前に座らせる。
「さっさと食べな。私が作ったんだから、お皿はあんたが洗ってよ。」
私が中学生の時からのお約束。
どちらかがご飯を作ったら、もうひとりが皿洗い。
姉と私は15歳離れている。
早い結婚だった母は20歳で姉を産み、その後なかなか子供に恵まれず、すっかり諦めて第2の青春を楽しんでいる35歳で私を産んだ。
もう望んでいなかった、年齢が高くなってからの2人目の出産と子育ては大変だったそうで、物心ついた頃から何かにつけてネチネチ嫌味を言われて私は育った。
しかし、姉はそれはもう可愛がってくれた。
赤ちゃんだった私をお風呂に入れて、寝かし付けるのは高校生だった姉だったそうだ。
大学へ進学した姉は、家を出たのに毎週末帰宅しては幼稚園児の私の世話を焼いてくれた。
その様子から、幼稚園のママさん達からは実は姉の子供だと噂される程だったそう。
私が大学進学した春、母は病で他界し、姉は幼馴染みのハル君と結婚し、別の街に住み始めた。
その2年後、私が二十歳の時父も他界した。
…私はひとり暮らしのはずだ。
「ねえ、お姉ちゃん、ハル君は?」
トーストを齧りながら姉にたずねる。
「ハル君?待っていてくれてるよ。」
「…待ってる?どこで?」
「あんたも知ってるところだよ。」
良くわからない会話。
食後皿洗いをしていると、洗濯機が止まった。
「洗濯機回したの、お姉ちゃん?」
「そうだよ。あんたは夜しか回さないじゃん。」
「だって、風呂上がりに回して干しちゃった方が、仕事に行くのに朝楽だもん。」
仕事に…行かないと!
ハッとすると、その顔を見た姉が鼻で笑う。
「今日は祝日!」
あぁ、そうだった…?
お皿を片付け、洗濯機の蓋をあける。丸まっている洗濯物をつかみ、籠に放り込む。
?
洗濯物に違和感を感じる。姉のがなく、全部私のだ。
あれ?夕べはどうした?仕事でないから洗わなかったっけ?
どうも記憶が曖昧だ。
ふと気が付くと、姉が横に立っている。
「ねえ、私のしかないけど?」
「そうだろうね。」
姉は笑いながら、またデコピンをしてくる。
「いい加減、目を覚ましな。」
姉はデコピンの痛さにおでこを押さえる私の顔を、洗面台の鏡に向けさせる。
そこに映る私の顔。
どう見ても、横で笑っている姉より年上だ。
いや、既に記憶にある母の顔より老けて見える。
「あんた、アラ還。子供2人はもう独立したじゃん。」
姉は私の頭をグシャグシャかき混ぜながら笑う。
呆気に取られる私を見つめ、姉は淋しそうに笑う。
「でもね、私にも待ってくれてる人がいるのさ。いつまでも、あんたのお姉ちゃんだけじゃないんだな。」
「大事なこと、思い出して、手離して。」
大事なこと?
思い出す?
手離す?
…
……
………
なんだっけ?
またまたハトマメ状態の私に姉は一言
「ヒント、今日はなんの日?」
今日?
カレンダーを見る。
秋分の日。
あぁ、今日は、約40年前姉夫婦が事故死した命日だ。
姉のお腹には女の子のベビーがいた。
だから、正しくは姉夫婦と姪っ子の命日だ。
でも大事なことってなんだ?
命日に大事なこと?
姉はため息を付きながら、またデコピンしながら言う。
「思い出せ!それを思い出して、手離してくれないとハル君とベビーちゃんとこに戻れないの!」
「お姉ちゃん、教えてよ。」
おでこを押さえながら姉に聞く。
「教えられない。あんたが自分で思い出して手離さないと、あんたを置いていけない。」
命日に、大事なこと…?
姉が心配して迷い出てくるようなこと?
「…ねえ、お姉ちゃん。私に子供がいるならさ、結婚したんだよね?なのに、なんでひとり暮らしなんだろうね?」
ふと、思ったことを口に出した。
姉が淋しげに私の頬っぺたを引っ張りながら呟く。
「なんでひとり暮らしなんだろうね?」
…
そうだよ、数年前、私の夫も突然天に召されてしまったんだった。
その日に私は姉の写真に呟いた。
『生きているのって、めんどくさい。』
その後の相続やら親族付き合いに疲弊して、子供達が巣立った時、また姉の写真に呟いたっけ。
『生きているのって、めんどくさい。』
「生きているのって、めんどくさい。」
今新たに、そう呟く。
姉は淋しげな笑顔で呟き返す。
「でも、生きてるだけでラッキーじゃん。ご飯も食べられるし、お皿も洗える。洗濯だって出来るし、何より子供達と生きてるし。」
「私が生きてるってめんどくさいと思った時から、お姉ちゃんは戻っていたの?」
「そうかもね。」
「じゃあ、なんで急に今日話できたの?」
「…わかんない。」
「手離すのは、この想い?」
「そうしてみな。」
最近思っていた事を口に出す。
「…いつかは死ぬんだし、今すぐ死ぬことは怖くはないけど、生きられる命は捨てない。死にたいと思っても、死ねないのが私だ、きっと。」
「よし、わかった。よしよし。」
姉は両掌で私の顔を挟みグリグリする。
「こんな小さい事でもさ、人の想いは想像以上の事を起こすんだな、きっとさ。」
小さい頃から大好きだった姉の笑顔が目の前から消えた瞬間、涙が溢れた。
お姉ちゃん、簡単には死んだりしないけどさ、ひとりでいるのも何でも自由っちゃ自由でそれなりに楽しいけどさ、テンションが時々やっぱり落ちるんだよね。
おっと、まずい、お姉ちゃんが怒りながら戻ってきちゃうかな。
うん、それも私には嬉しいかな。
その瞬間、デコピンされたような痛みを感じた気がして、思わずおでこを押さえた。
テレビでは昼のワイドショーが始まっていた。
~終わり~
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