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【コラム】 「カテゴリー」という概念がない言語学

小西友七(こにし・ともしち)氏(1917-2006)といえば、英語辞典の編集などで著名な、日本英語学の大御所の一人。

同氏の『英語の前置詞』(大修館書店、1976年)という分厚い本のはじめに、前置詞とはなにか、その「定義」についての一文があって、これがなかなか面白い。

小西氏は、まず「伝統文法」に警鐘を鳴らしている。

「伝統文法で用いている 八品詞 の名称は、大部分、名が体をあらわしていないように、preposition という英語も「前置詞」という日本語も、普通「ある語の前に置かれる語」ととられていることから、決して実体に即しているということはできない。」

小西氏によれば、問題は前置詞だけではない。


「これは、けっきょく、品詞論全体の問題となり、語の形態・意味・機能のいずれを、あるいは、それらのうちの複数個を、または全部を基準とするかによって、さらにその基準にどのような階層性を持たせるかによってその定義も変わり、その含める語の範囲も異なってくる。」
「これまでに多くの文法家が[前置詞の]定義を試みたが成功していない。」


と断じている(太字は引用者)。

40年以上も前の本の記述ではあるが、学校英文法では「八品詞」論がいまも主流であり、それぞれの品詞の名称や定義があいまいであることには変わりがない。

さて、この記述がなぜ興味深いかというと、小西氏は「形態・意味・機能」「階層性」といったいろいろなものをあげて前置詞の定義をさぐろうとしているが、「概念」という語はついぞ登場しないからである。

氏のいう「前置詞の正体」とは、「前置詞はたくさんあるが、それらはどういう種類の概念群(カテゴリー)か」ということにほかならない。おそらく小西氏の頭には、「概念」もなければ「概念群をまとめる概念すなわちカテゴリー」という概念もないのだろう。

小西氏のあげる前置詞の「形態・意味・機能」は、前置詞という概念群の本質ではない。

英語の「前置詞」とは、ある実体(表現して名詞)と文型を多彩な形態と意味において関係づける概念群(on、in、at など)をとりまとめた概念(カテゴリー)であり、その共通する機能は、文型を外から支え、いわば立体化することである。

これが前置詞の定義と機能であり、それは他のカテゴリーとの関係において定義され機能する。

「これまでに多くの文法家が[前置詞の]定義を試みたが成功していない」(小西氏)のは、概念群の概念すなわちカテゴリーという肝心のものをつかもうとしないからである。

今日の言語学では、「概念」という語をかなり使っている。しかし、概念群の概念すなわちカテゴリー間の関係が言語を言語たらしめているという事実は、明確には認識されていないようである。

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