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おもいで-嵐が嫌いだった

あの子は、嵐が好きだった。

小学校5年の春、密かに想いを寄せていたあの子は、嵐が好きだった。

僕ではなく、嵐


足がはやくてめちゃくちゃモテたのがのっくんで、出席番号も頭の良さも一番だったのが青木さんで、いつも飲めない給食の牛乳を机に何本も忍ばせていたのが八子ちゃんで、その八子ちゃんが大切に育てていたカナヘビに無理やりミルワームを食べさせて窒息死させたのが僕だった。

眼の前でおこること、手に届くものをからめとってひとつにした毛糸玉のような世界が全てだと思っていたあのとき、僕はあの子に恋をした。


だけど彼女は、もっと広い世界を見ていた。





アイドルに無頓着だった僕は、嵐ときいてもアイバ、サクライ、クサナギの三人しかしらず、また彼らが何をやっているのか、なにがそれほど魅力的なのか全く知らなかった。

しかしそこには確かにあった。
嵐にあって、僕にないもの。

彼女を熱狂させる、何かが。


聞くと彼女は、部屋じゅうに嵐のポスターを貼りまくっているという。

ヘヤ充


きっと勉強机の世界地図なんかとうに引き剥がして嵐を敷いているにちがいない。
そして壁という壁、天井もを嵐で満たし、とうとう床にまで嵐を敷き詰めた彼女は、毎晩嵐と寝る。



ゆるせない



アイバ、サクライ、そして、クサナギ

おれはおまえたちを、絶対にゆるさない





ーー

僕は小学校を卒業し、あの子はアメリカに行ってしまった。

目まぐるしく動く日々のいろんなものに絡め取られて、コロコロと転がされていくうちに、あの子への気持ちもどこかへいってしまった。


僕はたくさんのことを知った。

眉が無くて怖かった先輩はそれほど悪い人じゃなかったし、キスで子供は生まれないし、クサナギは嵐ではなくSMAPという別グループの一員だった。





いろんなことが、変わった。

だけど僕は、嵐が嫌いだった。それだけは変わらなかった。


そんなある日、中学1年の体育祭のことだった。

僕はこの日に中学校生活をかけていた。

「足が速いやつが強い」。
これは小学校のときに誰もが学んだ、学校というヒエラルキーの中で最上位に君臨する者の真理だ。
今日この日、50メートル競争をもってして、スクールカーストは覆される。仁義なき戦い

パンッと鳴り響く音に突かれるように走り出すランナーをみては、じゃりじゃりと靴を擦らせながら前に詰める。自分もあの音と共に、走り出すことができるだろうか。自分の番を待ちながらそんなことを考えて、ずっとドキドキしていた。

そんなとき、あの曲が流れた。



走り出せ! 走り出せ! 明日を迎えに行こう


パンッ。

スターターピストルの音と共に、僕はひた走った。

がんばれー!がんばれー!ワーッ!

みんなの声と、地面を蹴る音と、心臓の鼓動。
だけどもう、さっきまでの緊張はなかった。



僕はあの曲に励まされた。
4人中3位と、結果こそ芳しくなかったものの、あの曲のおかげで走ることができた。

一体なんだ、誰が歌ってるんだあの曲は


「なぁ、さっきのあの曲どっかで聞いたことあるんだけど、なんだっけ」

「え?ハピネスっしょ?の」


あッあらシィ!?
あの嵐だっていうのかい?永遠のライバル、ARASHI...


突き抜けるような青空と歓声のなかに、Happinessはとてもよく合っていた。

ちくしょう、いい曲を歌うじゃねえか、、、



ーー

思えば僕の半生とは、嵐との戦いだった。

世の女性をことごとく虜にしてきた嵐。様々な芸能活動を行う嵐。しかしそれでいて、意外といい曲を歌う嵐。


僕は嵐の良さを認め、しかし嵐にないものを日々探し求め、とうとう僕は「微分」と「積分」を身につけた。


全く別の世界にいる嵐はいつの間にか、僕たちの世界にまでめりこんできた。

いつの間にか、ぐるぐるにかき回されていた。

それが、僕にとっての嵐だった

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