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雑記

 今日は真夏みたいな日だったから、梅雨の時期であることを忘れていた。
 実は遺跡発掘のアルバイトを始めていて、今日で出勤するのは五日目だった。発掘現場にいると、今まで引きこもっていたせいで分からなかった天気の変化がよく分かる。天気で左右される仕事ということもあってか、細かな変化も会話にあがるので、五日間でもかなり天気の機微に敏感になった気がする。太陽が雲に隠れてふと陽射しが和らぐことや、ささやかでも風が吹いていること、北の空に黒い雲がかかっていること、虫が低く飛んでいること……。
 今日は朝から汗がにじみ出るほどの暑さだったので、テントを立て、日陰の中で作業をした。京都は最高気温36度を記録したそうで、テントの中から見上げる空は梅雨とは思えないくらい澄んだ青色をしていて綺麗だった。けれども這いつくばって両刃でひたすら地面を削り取っているときは、むんとした熱気で息が苦しくて、めまいがした。辛いときは辛いことを考えてしまう。今日考えたことは治療中の鬱病のことばかりだった。
 薬を飲み始めて一か月が経過して、薬の効果は順調に出始めている。飲み始めて一週間で動けるようになった。朝起きられるようにもなった。それから、病院の先生も予想していなかった変化だそうだが、家事や部屋の片づけができるようになった。視野が広くなり、順序だてて考えることができるようになった、と言い換えてもいいかもしれない。薬を飲む前には片付いていると思っていた部屋が、薬が効き始めたことで急に汚らしく見えてきたから、薬を飲み始めて三週間目には、断捨離に勤しんだ。友人から、どうしたんだと心配されるほどの変化だった。とにかく、引っ越して3か月、ずっと散らかっていた部屋が片付いた。
 薬を飲み始めて一番良かったことは、理由なく感情的に落ち込むことがなくなったことだ。落ち込んで動けなくなることもない。けれど、やはり人間なので、理由があれば落ち込む。感情的な落ち込みがない分、落ち込む原因を冷静に考えることができる。
 私の場合、落ち込む原因は「会話」だった。会話の内容ではなく、会話をすること自体が苦痛、ということだ。一対一で、静かに、集中して話す分には問題ないが、問題が起きるのは、大抵複数人で、周りで音がしていたり、外で声がよく聞こえなかったり、マスクで相手の口元が見えないときだ。とにかく相手の言っていることが頭に入らない。耳では聞こえていても、うまく処理しきれない。しかも、声をだそうとすると喉がキュッと締まって声はか細くなるし、頭は真っ白になるから酷いときは一言も出せなくなる。ごにょごにょ言いつつ、ニコニコしてごまかすことばかりになる。小さいころはごにょごにょ言うこともニコニコすることもできず、固まっていることしかできなかったから重症だった。読み書きは人並みにできるのに、話すこと聞くことは上手くできないから、物心ついたときからその差に苦しんでいた。
 ずっと、自分はただの人見知りだと思っていた。中学生のとき、一度おかしいと思って親に相談したこともあったけれど、「そんな小さなことで悩むなんて気持ち悪い」「考えすぎ」と一蹴されて終わっていたので、私の中ではしばらくの間封印された悩みだった。けれど、鬱病になって、一番の原因が上手く会話ができないことだと気がついたとき初めて、これはおかしいんじゃないかと思った。
 土をつつきながらずっとこれまでの嫌なことを思い出していたから、今日はなんだか辛くて、久しぶりに泣きながら帰った。暑さでやられてしまったのか、せっかく薬で感情的にならなくなっていたのに。薬が効かないとき、文章にして吐き出すことが一番落ち着く。目で読んで手で書くように、耳で聞いて口で話すことができたら、どれだけ人生が生きやすいだろう、と書きながらまた涙がでてきた。こんな自分の嫌なことばかり書き連ねずに、もっと楽しいことを書いていただろうか。
 今月末、知能検査を受ける予定だから、今のところは待つことしかできないけれど。とにかく今は原因が分からないことが一番辛い。結果が出て、会話が苦手になってしまう原因が分かりますように。

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