アルパカは空を飛ばない
彼女は僕の鞄のキーホルダーを指さしてこう言った。
「ほら、君と私、同じだよ」
君はキリンの息子で、私はアルパカの娘。
だから同じで、仲間だという。
「なにを言っているのか、よくわからない」
そもそもキリンとアルパカは別物だ。種がそもそも違う。アルパカはラクダ科で、キリンはキリン科だ。偶蹄目というところまでしか合っていない。
別に僕の両親がキリンという訳ではない。ただのサラリーマンと主婦だ。彼女の両親はひょっとしたらアルパカなのでは、と思ったが、どうみても彼女は人間だ。アルパカにでも育てられたのだろうか?
「ううん、私のお父さんもお母さんも人間だよ?」
ぽかんとした表情に、謎が深まる。
確かに僕はキリンが好きだ。けれどもそれは、敢えて選べと言われた場合の話だ。鞄にたまたまキーホルダーを付けている程度で、その他の日用品にキリンはいない。キーホルダーだって人からの貰い物だ。日本ではキリンは動物園にいる存在で、日常にいるものではない。
彼女の鞄を見る。小さなアルパカのぬいぐるみがボールチェーンでぶら下がっていた。彼女のスマートフォンを見せてもらう。待受画像がアルパカの写真だ。動物園か牧場なんかで撮った写真だろう。その他筆箱の中身からノートの落書きまで、いたるところにアルパカがいる。彼女の日常はアルパカで溢れているようだ。もっとも、動物のアルパカは彼女の周りにはいないが。
僕がキリンであるよりも、彼女がアルパカだと言ったほうが理解も得られるだろう。僕のキリン好きなんてそんなものだ。一方彼女のアルパカ好きは、だいたいの人には分かってもらえるのではないだろうか。
「君も動物に魅入られた人なんだってこと」
「どういう意味?」
「君には私のグリムナイトメアウイングが見える。そうでしょ?」
彼女がぱちん、と指を鳴らす。ひゅうと風が吹いたように感じたが、あたりにはアルパカなどいない。キリンもいない。
「どこにもいないよ」
「あれ、おかしいな。呼べたと思ったんだけど」
こんな都会の通学路にアルパカがいるだなんておかしな話だ。アルパカが見たいのなら動物園にでも行けばいい。
「うそ、迷子になっちゃったの? 困ったな」
「アルパカが迷子?」
そうみたい、と彼女。渡されたスマートフォンの地図アプリには、アルパカが街中を歩いたのであろう履歴が残っている。
「探しに行かなきゃ。ごめん、この話はまた明日ね」
彼女は駆け出してゆく。アルパカの行方が示されたスマートフォンを、僕に託したまま。
放っておけばいいのに。
馬鹿な話だとすっぱり切ってしまえばいいのに。
なんとなく心配になって、僕はつま先で軽く、アスファルトを叩いた。
「なあ、スマートバロックタービン。まず、眼の前の彼女まで追いついて。それから、グリムなんとか、というアルパカを探しに行きたい」
静かに僕の横に佇んでいたキリン――スマートバロックタービンが頷く。
「あんまり人に見つからないように。できるかい」
返事はない。その代わり、跨ったと同時に駆けてゆく。
キリンは日常にはいない。アルパカも日常にはいない。
なぜなら、僕らが生きているのは非日常だから。キリンもアルパカもそこらを歩いてなどいないのだ。
だから、これは。
キリンやアルパカに"魅入られてしまった"僕らの物語。
「アルパカを探しに行くけど、乗るかい」
少し高いところから、手を差し出す。
彼女は驚きながらも、うなずいて僕の手を取った。
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