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政治と検察

昔、まだ検察庁にいた頃、ある地検で、政治家が捜査対象になる事件の捜査陣に加わっていたことがあった。主任検事の部屋にいると、法務省の幹部から主任検事に電話がかかってきて、図らずもそばにいることになってしまった。電話で答えていた主任検事の顔が次第に歪んだものになり、曖昧なことを言って電話を切った。どうしたんですかと聞くと、近く○○党の大会があるから、そこは外して捜査日程を組んでくれと言われた、ということだった。主任検事が、その幹部の名前を繰り返し言いながら、あの人が、こういうことを言うんかなーと、困惑しつつ怒りもにじませつつつぶやいていたのが思い出される。まだ若かった自分にも、その党の上層部からその法務省幹部に依頼があり、その意を受けての電話だったことは容易に推測できた。

なぜそのことを思い出したかというと、最近、

を読んでいて、その法務省幹部も登場していたからだった。有名な人で、既に故人になっている。私自身もその人と何度も話をしたことがあるし、人格識見に優れ志も高い人だった。そういう人であっても、政治家に頼まれれば、おそらく貸し借り的なこともあって、そういうことはやる。あくまでお願いベースだが、言われた側が断れば、後々、どういう後難が降りかかってくるかわからない。主任検事も、そういう思いがあったのではないか。圧力というのはそういうものである。

上記の書籍でも様々に取り上げられていたが、政治と検察は、常に緊張関係でもあり、相互に相手を上目遣いにじっと見つめながら、次の手を考えているようなところがある。安倍政権は、黒川問題に見られるように、今までは突っ込んでこなかったところにも突っ込み、強引に従来の力関係を政治優位に変えようとした。しかし、あまりの強引さに国民の批判を浴び、黒川氏自身が不祥事で失脚、検事総長人事で検察を政権の僕にすることに失敗した。そして、現在の捜査状況である。

桜を見る会問題で、秘書が罰金刑に処せられて事件が終結しそうだと報じられている。確かに、もっと切り込んで、より厳しい処罰を求めるべきではないかと自分も感じる。しかし、今年5月までの黒川健在当時の状況、今年8月の前首相辞任までの状況で、果たして現在の捜査状況があり得ただろうか。立件しないにしても、前首相の事情聴取を、と報じられるような捜査状況を見る時、特捜部も頑張っているなという印象を、一方で受けるものがある。

ジャーナリスティックな、野党的な視点で特捜部を弱腰だと批判するのはたやすい。しかし、法務・検察も国民主権を旨とする我が国において民主的統制の下にあり、政権党や関係者へと切り込んでいくのは並大抵のことではない。それを過去の特捜部はやってきたし、今後もやっていかなければならない。その道は険しく先が見えないものであっても。

そういったものを支えるのは、結局は主権者である国民であり、国民あっての特捜部なのだろうと思う。

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