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【僕ヤバ感想】Karte.89 僕は溢れ出る

https://mangacross.jp/comics/yabai/94

 市川は虎にならずに済んだ……というのも、今回の市川の矩形の吹き出しを追っていて、私が思い出したのは「山月記」だったからである。臆病な自尊心、尊大な羞恥心は、いつか人を人ではないものにする。相手のことを考える心。市川はそれをしっかりと自分のものにした。

 前にも書いたけれど「恋」はやや自分中心のものであるけれど、「愛」は相手のことを考えるものだと、私は思っている。最初の頃の山田は完全に「恋」先行で、自分の好き!が行動原理となってぐいぐい行きながらも、時々涙を流しながら徐々に市川の気持ちに寄り添おうとしている。
 逆に市川は「山田の立場」を考えすぎなところがあって「愛」先行だったけれど、市川の中には「臆病な自尊心、尊大な羞恥心」も同時にあって、相手のことを考えているようで実は自分の保身になっていた……と気づくのが今回だったのかな。
 山田との会話もいつも言葉を選んで、キモくならないようにセーブしてたのに(結構こぼれていたと思うけど)、もうそんな自分より山田の気持ちを大切にしようと思えたから、溢れ出る、というより溢れ出させた、という市川の言葉だったと思う。

 そしてもう一組のカップル、原さんと神崎くんについて考える。市川は神崎くんのことを「何かが決定的に足りないのではないか」と考えているけれど、私もそう思う。
 多分、神崎くんに足りないのは「愛」なのだ。原さんがありのままでいいというのも、可愛い可愛い好き好きと無制限にいうのも、それは自分がそうしたいからであって、原さんが何を望み、どういうふうに関係を進めていきたいのかに思いが至っていない「恋」ゆえの行動なのだと思う。
 神崎くんが原さんを好きなのに偽りはない。でも、自分の気持だけに忠実になって突っ走っているから、原さんには通じていないのではないか。
 とはいえ、神崎くんも人の意見に素直に耳を傾けるところがあるから、どこかでいい方向に軌道修正していくといいなと思っている。

 そしてクレープ屋さんを見て作戦を思いつく原さん。いい人すぎる。ちょっと神崎くんにはもったいなくないだろうか(大きなお世話)。

 二人きりになりたいという言葉を、市川は自分たちのことかと思うけれど、山田は「原さんたちのこと」と打ち消すあたり、市川と山田はやっぱり同じような行動をとってしまうのだな。

 洗足駅前のベンチ。いつかここは二人の思い出の場所になるのだろうか。図らずもバレンタインのときと同じ場所に来たことで、市川は山田の、当時の内面について思う余裕が出てくる。
 今までも市川は山田の内面を考えていたけれど、それは「対市川以外の行動」の時のみ考える余裕があって、自分に向けられたときは「自分に都合のいいように思わないようにしよう」と、ある意味利己的な考えから山田の行動の真意を探らないようにしていた部分もある。
 だけど今回は、相手のことを考えよう、という気持ちが出てきた。だから山田の、バレンタインのときの頑張りに応えたい、というか、その頑張る山田に恥じる自分でありたくない、と思えたのかな。

 それにしても山田が一息にアクセサリーを飲み込んでしまわなくてよかった!スイーツ食べ放題食べて、クレープ食べて、まだ食べられるのかと思うけれど、この手作りは絶対別腹だよね。
 市川は家でこっそりマフィンを作ったのだろうか。それとも家族に見守られながら作ったのだろうか。そのへん「信用できない語り手」である市川は語ってくれない。萌子にレシピを貰っておいたのだろうか。

 市川が山田に向けた「可愛い」は、アクセサリーが似合うとかそういうことだけじゃなくて、つけてと頼む行動や、喜ぶ笑顔や、つけているところの感想を求めることとか、もう全てをひっくるめての言葉だろうなあ。「可愛い」という字には「愛」が入ってる。とてもとても「愛しい」のだろう。

 「あの時とはちがう」とあるけれど、市川にとって「あの時」とはいつのことを指すのだろうか。場所の比較で考えると、バレンタインのときかなと思うけれど、そうともいい切れない気がする。

 山田は今まで何度となく涙を流す場面があったけれど、最初は、山田が泣いていても(バスケットボールで怪我をしたとき)市川は山田に共鳴しながらも自分も陰で涙を流しているだけだったのに、鍋の前で鼻をかんであげたり、バレンタインのときも泣くのを受け止めたり。今回市川はまた袖で(ただし自分の服の)拭いているのか。ハンカチを持っていそうなのに、とっさに手が伸びたのか。

 原さんと神崎くんも二人きりになったけれど、ネカフェのペアシートって密着度高そうで、原さんの保護者だったらちょっとハラハラしてしまいますね。

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