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【僕ヤバ感想】Karte.74 山田は僕を

 ジャック・バウアーもびっくりの、24時間をめいっぱいに使い切る思春期二人。
 私にとって中学生時代はもう遠い昔のことだけど、中学生の頃って、多分大人より一日がとても長くて、ましてやイベントがあった時などは、一分一秒が重かった。そんなことを思い出す今回の始まり。

 話の構造で言えば、一言で今までの事実の見え方が全部ひっくり返ることが市川の中で起こってる、ある意味ミステリーの種明かしがされている形。

 まだ宵の口。ほかの道府県はわからないけれど、東京都23区なら、夜10時くらいまで塾帰りの子が普通に歩いていたりするし、どこも割と電車網が発達しているから、結構人の通りが多い。とはいえ、あまり遅い時間の出来事ではなかったことに読んでる方も一安心。

 わん太郎に挨拶する市川が可愛い。わん太郎も市川をもう認識しているのかな。

 自販機の前で賭けをする山田。これはブラックコーヒーが出るのを狙っていたのかもしれないし、あるいは「コーヒーが出たら告白しよう」って自分に賭けていたのかもしれないし。

 パジャマに軽く羽織っただけで寒くないかなと思うけれど、どうやら山田によるとこの夜は暖かったらしい(東京は時々、もう春?と思うほど暖かい日が冬にもあって、その後寒さがぶり返すと余計に寒くなる日、みたいのがある)。ここで山田が雪のことを言い出しているのは、あの犬のマスコットを落としてしまった日を思い出しているんだろうか。
 山田が会話の主導権を握るけれど、どことなくぎこちなさが伝わってくる。英文和訳を読んでいるかのような。

 山田は渡すのに理由がほしい。だけど、その理由のせいで、市川に「これは勘違いしてはいけないものだ」と思う理由をも与えてしまう。
 ちょっと大人に近めの思春期は、自意識過剰になりたいのと、冷静でありたいのとがせめぎ合っている。

 この日のチョコについて、市川と山田が質問しあって、答えているうちに、山田はチロルチョコについてはもちろん、チョコまんとそれを使った落書きも市川に伝わってないことを改めて確認したのか。
  だけど市川も知りたいから、山田にチョコを上げたか聞いて、山田から「義理チョコ」は上げてないよ、という返事を聞いて、その日の出来事が、改めて違う意味を持って脳内に押し寄せてきてる。

 二人のやり取りを見てると、ユーミンの歌「結婚ルーレット」を思い出した。コップにウォッカをたっぷり入れて、交互にコインを沈めて、ウォッカを溢れさせたほうが負け、というような歌詞。(本当にそんな賭けがあるのか私は知らないけれど、映像として想像すると緊張感が伝わってくる)
 市川と山田のやり取りはそんな、お互いにそうっとコインを沈めるように、言葉を投げかけあって、もうウォッカが表面張力ぎりぎりに張り詰めているような感じがした。

 甘いものは苦手だというのは実は嘘、と伝える市川。そこに渡せる理由を見つけて、渡す山田。

「ス」じゃ伝わらないか……。というより、市川も「今日の山田」に思いを巡らせたり、目の前のことに対処するので、いっぱいいっぱいなんだと思う。
 なぜ山田はケーキを半分に割ったんだろう。「ス」を分解してハートに見えなくもない形にしたくて計算した行動なのか、照れ隠しなのか。どっちとも取れるし。

 山田も不安なんである。だって、私達読者は「市川は山田を好き」というのを明らかに知っているけれど、山田から見れば
 LINEの交換を持ちかけるのも
 漫画を貸すよ、と持ちかけるのも
 それにかこつけてデートの約束を取り付けるのも
 初詣を取り付けるのも
 なんなら普段のLINEや電話の口火を切るのも

 すべて山田からであって、市川からアクションを起こすことは数えるほどしかない。
 市川からのアクションがあるとは言え、それは「友だちだから」とか「市川が優しいから」発生しているのだと山田が認識してもおかしくないほどの少なさ(それを考えると義理チョコをやめれば、と言った市川の発言、山田にとって一つのすがる寄す処だったかもしれない)。

 いつか振り返る時書くけれど、山田は最初の方は「市川、私のこと好きなんだろうな」と思ってたと思う。でも、この「好き」という感情を山田自身がきちんと理解してなくて、恋愛の好きとかではなく、ばやしこなどの友人、あるいは両親から寄せられるような好意と一緒にしていたのだと思っている。
 でも山田が恋を自覚して市川との関わりを強めていくうちに、市川も恋してるのかについて、自信というか確証が持てなかったのではないだろうか。一回離れられているし。

 泣く山田によりそうわん太郎、好き!可愛い!チョコの匂いに惹かれたのではないだろう。

 うまくできなかったのは、ケーキのことじゃないんだよ、市川……。一日ずっと張り詰めていたであろう山田は(バレンタインに本命を渡そう、と決めていて緊張しない女の子がいるだろうか)、やっと渡せて、必死の一言を言えたら、そりゃ泣いちゃう。もともと泣き虫だし。

 目の前で泣かれて、(ケーキのことだと勘違いして)一生懸命ケーキの感想を伝える市川は優しい。めったに褒めない市川がすごく美味い、って伝えるのは、優しさの塊だ。その後ハグをせがまれて白目になっているのは、多分頭で出来事の処理が追いついていなかったんだろう。そりゃこの瞬間の市川は山程の情報を処理しようと必死になってる。一日の流れを振り返って、今の手の内にある「ス」のケーキが半分にされて、泣かれて、ハグをせがまれてだったら、もう何がなんだか……という気持ちだったのかも。
 お互いのハグ、山田は市川の服にシワが寄るほどギュッと指に力が入っているのに対して、市川はそっと手を置いているのが紳士的で、二人の優しさと思いが出ている感じ。

 

 市川にとっては長い一日だっただろうけれど、山田、特に前回、家に帰ってからの間、ずっと考えていたであろう山田にとってはどうだったんだろう。時計を見て「もう遅いからやめようかな」って思ったり、ジリジリと決意を固めていたのかもしれないし。思いつめている時間は長かったけれど、どんどん一日の終りが近づいていくことに焦っていたのかもしれないし。

 そして日付が変わった時、市川は手にしたケーキからやっと、気づきを得る。いろいろこうなったらいいな、とは想像するけれど、物語がこうも緊張をはらんで進行している今、それを言うのは野暮な気もするので、来週も楽しみだとだけ言っておく。

【蛇足の追記】来週の予告が予想外にも学校での一コマ。予測するのは野暮といったそばから 足立たちに「今日学校終わったら遊ばね?(または期末の勉強一緒にしない?)」とでも言われて「いや、今日は予定が…」とボソボソ断ってる市川と、ばやしこたちに「今日は予定があるんだ」と説明している山田だったら可愛いなあ!という妄想が止まらない、手のひら返しの私。

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