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日本語と中国語の「局部」についての問答。同形字は面白い!

以下の問答は、私は「比較文化」というFBのグループで出した質問に対して、グループの管理者、藤田昌志先生から頂いた回答の内容です。
日中間の言語と文化を理解するのに、とてもためになると思います。
藤田先生の先生の許可を頂いだ上、ここで載せます。

<リンヤン>
最近見ている中国のアート鑑賞シリーズ。



中国で大変影響力が高いアーティスト、陳丹青氏は個人的な目で世界の美術作品を解説する内容の大シリーズです。
2015年に作られて、いまは全部Youtubuで見れます。
気になるのは、『局部』という総タイトルです。

自分は大好きな内容ですが、最初見た時はどうしても「局部」のタイトルに違和感があります。
日本語の「局部」としての意味は私のメモリーとして、どこかで存在しているからでしょう。
これも同じ漢字での形で、意味が異なる「同形字」ですね?
少なくとも、日本では、このようにアートを紹介する大衆メディアの大作は、「局部」との名前を付けないでしょう?(笑)

ネットで調べましたら、日本語の「局部」は、〔名〕
① 全体のうちのある限られた部分。一部分。また、ある特定の場所。局所。
*めぐりあひ(1888‐89)〈二葉亭四迷訳〉一「瑣末な一局部は明亮にわかるが、全体が成立たない」
② 陰部。局所。〔医語類聚(1872)〕
③ 官庁などで、事務を分担して取りあつかう所。また、局、部、課などの総称。部局。
*地方自治法(1947)一五八条「その局部の名称及びその分掌する事務を例示すると」
上の①と③の意味は、ほぼ中国と同じですが、
②の恥ずかしい「陰部」の意味は、中国では全くこのニュアンスは全くありません。
日本で、なぜこのような意味になったでしょうか?

ちなみに、『局部』の内容は、面白い!中国語を分かる方に、お勧めです。
上に挙げられたリンクは、ロシア絵画の特集。
中国のアーティストから見るロシア芸術のいくつかの比較は、興味深い。

<藤田先生>
新明解国語辞典では、「局部」について、「体の組織の一部分。(狭義では陰部を指す。「局部的」=全体には関係せず、そのものの一部分だけに関係がある様子。局部麻酔。」とあります。医学方面の言葉かもしれません。荒川清秀氏が『東方』474号(2020年9月)pp.24-25 に「経験」について、中国の医学書『経験方』からきた言葉としつつも、ヘボンの(1867)『和英語林集成』では、「経験」が「病を薬で治るかどうか試してみること」という意味であり、緒方洪庵の(1861)『扶氏経験遺典』でも、同じ意味で「経験」が使われていると書いています。

後は、医学書を通時的に調べるしかありません。「局部麻酔」とは言いますが、「局所麻酔」とはあまり言いません。役所も、「部局」とは言いますが、「局部」とは現在は言いません。ロブシャイトの有名な和英辞典があります。幕末のころのものです。アメリカにいるなら、手に入りやすいかもしれません。
同形語の通時的研究は、まだまだ進んでいません。荒川清秀氏は今年の夏に、急逝されました。まだ71歳です。私の本(2007)の書評も書いてくださいました。

以上、返答とします。幕末にオランダ語から日本語になった「半島」など、日本語には外国語からできた漢語もあります。荒川清秀『漢語の謎』ちくまプライマリー新書 に書いてあります。

諸橋轍次『大漢和辞典』が書棚にあったので、近くまとめたものを書きます。「局」とは「区切る」とか「役所の単位」という意味が元来あるようです。中国の世界絵画管見ものにどうして『局部』という題をつけるのか?『管見』『評論』でいいと思うのですが。

<リンヤン>
藤田先生、丁寧に教えてくださって、どうもありがとうございます。
中国語のリンク:『如何评价陈丹青的视频节目《局部》? 』https://www.zhihu.com/question/31535536 のなかで:
他最在意和突出的,是自己看待艺术作品时细微而个性化的切入点。
《局部》之所以为“局部”,也在于此。不求高大全,而求细微处的发现。
仰られた「管見」の方が、私もいいと思います。
もしかしたら、あまり一般的ではないから採用されなかったのかもしれません。
中国で絵画の一部のことを「局部」といいます。
日本は「部分」ですね?
単純に、中国では「局部」を「身体の一部、陰部」のニュアンスは全くないから、「管見」よりも分かりやすい「局部」を使ったのでしょうか?
『大漢和辞典』からまとめられたものを拝見できるのは、楽しみにしております。どうぞよろしくお願い致します。

<リンヤン>
それから、自分は普通の主婦として、好奇心からの愚問ですが、
ここで丁寧に扱て頂いて、とても恐縮いたします。
同形字について、日本語を勉強し始めたときから、とても興味がありましたが、ずっと「興味」としてのレベルでした。
まさか専門に研究される方に直接質問を聞けるのは、とても幸運です。
どうもありがとうございます。

<藤田先生>
諸橋『大漢和辞典』には「局」について、❶わける。くぎる。❷こわけ❸へや➍官庁。執務する部屋。❺つとめ。❻はたらき❼はこ❽碁盤 などの意味を挙げています。❝局部❞については「身体の一部分。生殖器にあたるところ。局所。」とだけ書いてあり、❝局所❞には、「❶全体中の一部分。一局部。また、その場所。❷身体の一部分。局部。❸chu2soイ.事務所 ロ.執務機関」(巻四 pp.3538-3539)と書いてあります。❝局所❞はにほんごの「部局」に近いと思います。❝局部❞には、「部局」の意味は『大漢和』にはなく、❝局部❞はやはり「身体の一部。生殖器にあたるところ。」の意味は主たる意味のようです。出典が挙げられていないのでこれ以上のことはわかりません。やはり、辞書を丹念に当たり、通時的(歴史的)に探究するしかありません。愛知大『中日大辞典』には、❝局部❞について「一部分。ある部分。」と書いてあります。❝局部麻酔❞❝局麻❞(日本語は局部麻酔)の例を挙げています。やはり、医学関係の出自の語ではないかと思います。私の主観ですが。❝局所❞は、書かれていません。こういうことは調べだしたら、切りがなく、辞書、それも百年前の辞書を買わないといけないので、お金がかかります。金持ちの道楽としては、いい趣味だと思います。私は教養として興味があるということです。日中同形語は日本語の出自、中国語の出自別々のものと、複雑に影響しあってできたもの、(それも英語やオランダ語が関係してきます)の二つがあるようです。①日中同形語の影響関係を通時的に調べるのが一つ、②共時的に意味の異同を調べるのが一つ、二つの研究方法がありますが、②はあまりいいものが出てきません。違うのは違うだけです。修士論文でよく中国語話者がテーマとしますが、いいものは出てきていません。調べてまとめるだけではレポートで論文にはなりません。私は手を出しません。こんなところです。

また、何かあれば聞いてください。できる範囲内で、時間のある時に返答します。こういうことを調べていたら、戦争にはなりません。日本のマスコミのアメリカ報道、中国報道は一面的で、信用していません。来年、『日本の中国観Ⅲ--比較文化学的研究』A5判上製 300頁 という本を出版するため、初校が昨日来て、これから校正をします。三校までして、来年、7月初旬ころ、出版予定です。お元気で。ブログは土、日以外、毎日、更新しています。過去に書いた本の再録が中心です。

<リンヤン>
藤田先生、『大漢和辞典』の詳しい説明を拝見いたしました。色々教えてくださって、沢山勉強になりました。
先生の「こういうことを調べていたら、戦争にはなりません」の一言に感動致しました。文化の交流とは、こういう意味があるのですね!
ところで、一素人としての拙い見方ですが、
もしかしたら「つぼね」としての意味の可能性があるのでしょうか?
「きょく」と読むとき、中国語でも大抵同じような意味です。
しかし、局を「つぼね」と読むときの意味は、中国語では全くありません。

ここを参考しました:https://kotobank.jp/word/%E5%B1%80-99453
〘名〙
① 大きな建物の中で、臨時に簡単な仕切りをつけてしつらえた部屋。貴人などが社寺に参籠、通夜するおりの仏堂内の仕切りなどもいう。
※平中(965頃)七「この男のつぼねのまへに、女ども、立ちさまよひけり」
② 宮中や貴人の邸宅などで、主としてそこに仕える女性の住む私室として、仕切りへだてた部屋。曹司(ぞうし)。
※伊勢物語(10C前)三一「むかし、宮の内にて、あるごたちのつぼねの前をわたりけるに」
③ ②を与えられている女房・女官。
※紫式部日記(1010頃か)消息文「ふとおしはかりに、いみじうなん才(ざえ)があると殿上人などにいひちらして、日本紀の御つほねとぞつけたりける」
④ 上流階級の女性を尊んでいう語。多く女性の名前の下にそえて用いる。
※上杉家文書‐享祿三年(1530)一一月二五日・神余昌綱書状「就二御服御拝領一御礼御申、〈略〉其外上臈御局已下御返事下申候」
⑤ 御殿女中。長局。
※雑俳・柳多留‐一一(1776)「手水組では無いかなと局いひ」
⑥ 局女郎(つぼねじょろう)の部屋。
※仮名草子・東海道名所記(1659‐61頃)一「はな歌をうたひ席駄をひきづり、局(ツボネ)の口にたち」
⑦ 「つぼねじょろう(局女郎)」の略。
※浮世草子・好色二代男(1684)五「つぼねの金彌にのかせて、両人入て跡をさし籠」

<藤田先生>
「春日局かすがのつぼね」「お局さま おつぼねさま」は『大奥』の「へや」=「局」の意味で、まったく中国語の“局部”とは関係ありません。「つぼね」という日本語の意味の問題です。同じ意味の中国語「局」を当てたのでしょう。ともかく、日中同形語は複雑です。

当て字というのが江戸時代にたくさんできました。「流石」=さすが とかです。いま、片仮名英語がたくさんあるのと同じで、それがかっこよかったのです。感性文化の日本語はかっこいいことを第一とします。日本の若者男子は「かっこいい」が一番、女子は「かわいい」が一番です。

<リンヤン>
当て字は江戸時代ではかっこう良かったのですね!
感性文化の日本語の特性は面白いです。

藤田先生のご本とブログ、ぜひ拝見させて頂きます。ご出版も、楽しみにしております!
今回の「局部」の日本語と中国語についての質問とご回答のやりとり、
整理して私のブログでシェアしたいと思っております。先生のご実名と出版されるご本の情報も載せて、大丈夫ですか?

<藤田先生>
どうぞ。昨日から、来年出版する『日本の中国観Ⅲー比較文化学的考察ー』A5版上製 300頁 の初校を校閲・校正しています。アメリカの中国観、日本観など、関係するアメリカで出版された本について文章をかかれたらいかがですか。日本のマスコミ報道は一面的でしんようできません。

<リンヤン>
先生、ご本を拝読できる日を楽しみにしております!
そうですね、三つの国で暮らす経験から、私なりの見方があります。仰る通り、どの国でも、自国に有利のためのマスコミ報道になりかねません。
民間の一人一人で声を出すのは、真実を知るためのよい方法ですね。
先生の励ましに感謝を申し上げます。自分のできることで頑張ってみます!
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<藤田先生>
林陽 さま、『大言海』という辞書を書庫から引っ張り出してきました。「つぼね」について、おもしろいことがかいてありました。こうごきたい!
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<リンヤン>
はい、お待ちしております‼️

<藤田先生>
林陽さま、『大言海』「つぼね」〔局〕(一)宮殿などの中に別に隔ててある部屋。(二)局を有する女官の称。(三)つぼねい(局居)する奴。(四)役人の休息所。(五)局女郎(つぼねじょろう)の居る部屋。(六)局女郎の略。/『大言海』局女郎(つぼねじょろう)は格子女郎より下等の遊女。/こうしてみると、つぼね=局(漢字の当て字)は、花柳界、女郎と関係のある語であることがわかります。日本語の「局部」との関係が見えてきます。中国語の“局”には「部分」の意味しかないようです。こうしたことは別の例(日本語と中国語で漢字の意味が異なってくる例)もあるようです。例えば゛「おぼゆ」(覚える)はもともと「思う」と「暗記する」の意味があるましたが、次第に「暗記する」の意味だけになりました。(荒川清秀氏の考え。)中国語の“覚(思う)の意味が消えて、「暗記する」意味だけになったのです。日本人は中国語の漢字を表音文字的に他の漢字と区別するために使ったり、意味を特化させたりしているようです。つぼね/“局”は、日本語の意味の膨らませの例、おぼゆ/覚える(暗記する)/“覚”は意味の特化(中国語の意味「思う」の脱落と「暗記する」意味への特化)の例といえそうです。最後にジョークを一つ。日本語を教えていると、中国語話者は「その日本語(和語)の漢字、ありますか?」とよく聞きます。「(きっぱり)ありません」というと、悲しそうな顔をします。

<リンヤン>
藤田先生、丁寧に教えて頂き、どうもありがとうございます。
実は、『大言海』ではないが、私もインターネットで「つぼね」について調べたものを読んで、「もしかしたら、これと関係するかも?」と思って、まえのコメントで、先生に質問をさせて頂きました。
やっぱりこれですね:
「つぼね=局(漢字の当て字)は、花柳界、女郎と関係のある語であることがわかります。日本語の「局部」との関係が見えてきます。」
「局部」や「覚える」のように、日本語の意味を特化した例は、きっと他にもあると思います。いかがでしょうか?
言葉の変遷について調べるのは、とても面白いです!先生、どうもありがとうございます!
最後の話、私もよくその質問をします。初めて会う日本人の方のお名前、必ず漢字を教えて頂きます。漢字を分かれば、覚えやすいからね~

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