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『自分の能力の限界を超えた成果を得られた時』のことを思い出してみる。


『自分の能力の限界を超えた成果を得られた時のこと』
という課題をいただき、紙に書こうと思いましたが全くまとまらず。
これは私の核となる大切な体験だし、せっかくだからnoteにまとめてみよう。と言うことで書き始めています。最後の10代を駆け抜けた思い出ストーリーです。

⒈ 若かりし頃。短大1年が終わろうとしていた春の日

きっかけは忘れてしまったが、ゼミ担当の先生が『痴呆性老人の世界』という作品を紹介してくれた。
「とても良い作品だよ。ただ、一般公開されておらず、岩波映画さんより直接16ミリフィルムを借りる以外観ることができない。観るためには借料(16万円!)を工面する必要がある。だからこれまで誰も観てこなかったんだけど。…さあ、どうする?」

どうするも何も。「観るために借料がかかる」って言ったのは先生じゃないですか!我々学生としては学生課に掛け合うくらいしか術がない。一緒に話を聞いていた同じゼミの仲間3人で学生課に行くことにした。

「福祉コースの1年です。『痴呆性老人の世界』という映画を観たいのですが、一般公開されておらず、岩波映画さんより直接16ミリフィルムを借りる以外観ることができないのです。この映画はとても良い映画なのですが、観るためには借料を工面する必要があり、それがネックでこれまで誰も観てこなかったのですが、学校でみんなで観ることは出来ませんか?」

…当然のように断られた。私たちのためだけに映画上映するわけにはいかないと。

断られたことをゼミの先生に伝えに行く。
「そりゃそうだね。わざわざ手間もお金もかかること、誰もやらないよね。」

なんですと?断られると無駄に燃え上がる面倒な性格の私。

「先生!この映画、絶対いい作品なんですよね?
それなら絶対!何があっても上映します!みんなでフィルム借りて上映してみんなで観ます!」
「ゼミ企画として、10月の大学祭で上映すればいいのでは?毎年出店するゼミが少なくなって困っているらしいから学校も二つ返事では?!」

こうして映画『痴呆性老人の世界』を上映するプロジェクトが始動した。
ゼミの先生の言葉「いい映画だよ。でもなかなか観られない。」から始まった企画。たった3人でできることは限られている。とにかく同志を集めなければ。同級生も必要だが、新一年生もたくさん巻き込みたい!

⒉新1年生を巻き込むために、フレッシュマンセミナーに参加

私が在学していた短大では、入学後ほどなく「フレッシュマンセミナー」という京都泊オリエンテーションがあった。
短大生活について、単位について、など、さまざまなレクチャーを受ける。先生には聞きにくいこともあるよね?という配慮からか、2年生が2名帯同する。

1年生と関わるチャンス!映画上映に関わってくれる有望な1年生をリクルートするために、私はフレッシュマンセミナーに帯同することを決めた。

可愛らしい1年生!「私たちと一緒に映画を上映しないか!?」なんて下心は1ミリも出さずにお相手する。〇〇先生はいい先生。□□先生は試験がなくレポート提出で単位がもらえる。✖️✖️先生は…。あなた方が知りたい情報は全てお伝えします!教科書も格安でお譲りします!いつだって応援してる!気軽に声かけて!相談に乗るよ!

今思い返しても素晴らしすぎる先輩を演じ帰路に着く。さあ新学期が始まるよ!

⒊学校生活が始まった!映画の告知も始めるよ!

100%打算で参加したフレッシュマンセミナーを終え、1年生に近づく。
「京都楽しかったね!これから学生生活が始まるね!困ったことがあったらなんでも言ってね!全力で力になるよ!」
可愛い可愛い1年生。次第に打ち解け、仲良くなった。
少しずつ映画の告知もはじめる。
「私たち2年生ゼミ主催で映画を上映するの。『痴呆性老人の世界』。
なかなか観ることができない貴重な映画フィルムを借りるよ!一緒にやろう!」
「先輩すごいですね!ぜひやらせてください!」
希望に胸を膨らませた1年生の心を鷲掴みできた!よし!いい感じ。
こうしてゴールデンウィークが過ぎていった。

⒋目標は売上20万円!

やるぞ!はいいけど、先立つものがなければ企画は頓挫し、赤字が出たら誰かが負担しなければならない。(最悪私の貯金を崩そうとは思っていたけど。)

フィルム代160,000円。
活動経費。チラシ・チケット印刷代など含め40,000円。
合計20万円稼ぐことが私たちの目標になった。

チケット代を前売500円、当日600円に設定。
200,000÷500円=400枚。 
土日2回 合計4回上映するとして、1回100人(100枚)

ともかく20万稼ぐぞ!!!

⒌とにかく告知!告知!告知!

20万円稼ぐためには映画の存在を知らせなければならない。
誰も知らない小さな短大の大学祭の映画上映。閑古鳥。大赤字。貯金崩し。
そんなのは絶対嫌だ!赤字回避できるならなんでもする!

担当ゼミ先生が主催する市民向けの勉強会には必ずチラシを持って出席!フリートークの時間になったらすかさず挙手!
「大学祭で映画を上映します!なかなか観ることのできない貴重な映画です!
是非是非お越しください!」

もう一人、応援してくださる先生がいらして、(その先生の研究室をオフィスがわりにしていたww)その先生にもくっついていき、同様に宣伝。

「熱心な学生さんね」と言ってチケットを買ってくださったみなさま。
本当にありがとうございます!傍若無人な若者を受け入れてくださる時代だったのですね。

⒍夏休み。厚生省(当時)の研究調査に参加。他大学の学生さんと関わる(告知ww)

そんなこんなで夏休み。遊んでる場合じゃないですよ。告知しますよ。
ゼミ担当先生が「高齢者の生活調査(ちゃんと厚生省より依頼された国際調査です!)」をすることになり、もちろん帯同。名古屋大学・愛知大学の学生さんと一緒に高齢者の聞き取り調査をしました。どういうわけかスーパーバイザー的な立ち位置で、その場を仕切っていました。いわゆる中の人。

大学祭に来て!女子短大の大学祭だよ!模擬店のおでんおいしいよ(知らんけどw)!
一緒に調査をしたのは社会学部の学生さん。時間があれば来てくれるでしょう!っていうかマジで来て!本当に!頼むから!!
※下心満載なのは認めますが、調査の仕事はちゃんとしました!

⒎夏休み終了。そろそろ本気出してチケット売ってこ!

大学祭は10月下旬。残された時間はわずか。ここでチケットが売れなければ赤字。
できることはなんでもする。学校に到着すると『痴呆性老人の世界』アップリケを施したタスキをかけ授業を受ける。昼休みにはサンドイッチマンもやる!
こんなことするのは私だけで十分と思っていたが、(だって恥ずかしいし!)
「私もやる!」と言ってくれた子がいて、一緒に『痴呆性老人』してくれた。なんていい仲間なんだ!!
しつこい告知の成果もあり、学内で『私=痴呆性老人』という認知が進んできた。(やばい!)「チケットを買いたい!」と声をかけてくださる他学部の教授も!!
よしよし!どうにか赤字は避けられそうだ!
可愛い1年生もバイト先の人に声をかけてくれているみたい。素敵!その積極性、サイコーだよ!!

⒏この頃から、言葉にできない「うねり」のようなものが発生していた。

夏が過ぎ、秋の気配とともに、私の周りの空気が変わっていった。
私が頼むより先に「チラシ配ろうか?」と声をかけてくれる子が現れたり、率先してチケットのデザインをしてくれたり、チケットを印刷・カットしてナンバリングまでしてくれたり、「知り合いに宣伝したよ。チケットちょうだい。」と言ってくれる人が現れたり。

映画上映企画は、とっくに私の手を離れていたのだ。
企画に携わったみんなのものになっていた。
元々は私のめんどくさい性格のせいで後に引けなくなり、始まった企画だったけど、幸か不幸か私の周りで巻き込まれた人たちにとっても大切な企画になっていた。
ものすごく大きなうねりが生まれて「背中を押してくれる」。
これが何なのか?いまだによくわからないけれど。とにかく押されるまま進む。そうすればうまくいく。絶対。謎の確信を持って、前に進む。

ああ、これはもう自分の能力の限界を超えてるんだ。心からそう感じた。
仲間がいれば、チームであれば、自分の能力を超えた仕事ができる!
こんな幸せなことはない!

⒐映画上映は無事終了!黒字で打ち上げ!美酒に酔う!(下戸ですが)

そんな感じで、私たちは無事目標達成し、美酒に酔うことができました。
とにかくずっと笑っていた気がする。みんな笑っていた気がする。
振込用紙を書くのがこんなに誇らしいとは。企画が成功するって本当に凄いことですね。
私一人ではできなかった映画上映。たくさんの人たちに支えてもらって、うねりが生まれて、企画は大成功!
アンケート回答も「素晴らしい映画をありがとう」など、感謝の気持ちを綴っていただき、心の底から嬉しさを感じました。
大学祭全体のアンケートでも「よかった企画」に挙げてもらいました。うふ。


⒑映画上映に全振りした女子学生の末路

というわけで。10月に大学祭が終わったのですが。
私はここまで100パーセント就職活動していません。OG訪問もしていませんし、リクルートスーツも持っていませんでした。映画に全振りしていて、他のことは何も覚えていません。さすがにまずいか?と思い就職部へ。何社か案内してもらい、面接に進みましたが内定には至らず。そりゃそうですね。
いただいた交通費で文庫本を買い、喫茶店で読むのが楽しかった。w(ダメ学生)
その時に就職部の先生がおっしゃった言葉が忘れられません。

「とにかく、どこかに就職してくれ。
そして、その会社は3年で辞めてくれ。できたら寿退社が一番いい。
そうしてくれないと後輩が入社できなくなる。」

…そっか。私たちに期待されてるのはそういうことなんだ。

「本学は高い就職率を誇ります!」と謳いたいから熱心に就職指導するけど、
その裏で、3年のうちにさっさと嫁にでも行ってくださいと。
キャリアとかそういうの、どうでもいいから。

一気に冷めた。ならフリーターでいいや。どうせ就職氷河期だもの。
就活失敗したのでアルバイトしてます、でいいや。

その後私はバイトしたり転職したりしながら過ごし、23歳で今の会社に就職しました。「長く働ける方歓迎」と書いてあり、大切にしてもらえそうな気がしたから。(そして大切にしてもらってる。就職部の言うことを聞いていたら今の私はいない。だから就活は失敗したけど映画に全振りで正しかったんだ。)

チームで仕事すると、自分の能力の限界を超えた成果が得られる。

この体験が、今の私を支えている。
とにかく目の前のことを必死でやっていると、見えないうねりのようなものが生まれ、背中を押してくれる。そんな時がある。そうなるまでやり続ければ良い。

自分の能力の限界を超えた成果を得られた時のことを思い出してみる。
急に言語化したくなって書き始めたけど、やっぱり自分の気持ちに正直に生きる。
やりたいことを100%やる!しか勝たんのではないかな?と思ったわけで。

4500字超え!冗長な文章にお付き合いいただきありがとうございました。
(本当に長編になっちゃった)

(ちなみに今、この作品はDVD化されていて、50,000円で借りることができるらしい。時代は変わりました。)


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