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学園東町三丁目(12)七帝柔道と三商大柔道

本稿を書くにあたり、年代史的な資料や記録は参考にするものの、他の格闘系著書やWikipediaなどのインターネット情報を極力参照せずに書くことを決めています。というのは、非常にデリケートな問題については事実関係に誤認なきように、特に留意して書かなければならないものと肝に銘じているため、先入観をなくす必要性があったからです。特に、90年代半ばに一世を風靡したグレイシー一家の総合格闘技への登場と1995年の第一回バーリ・トゥード・ジャパンでの北大柔道部中井佑樹君の活躍を皮切りに、日本では老若男女に柔術・寝技ブームが訪れました。その流れの中で講道館柔道とは別の武徳殿や高専柔道が「発見」され、高専柔道の流れを汲む柔道ついては格闘技愛好者の知識が我々柔道関係者の想像を絶するレベルにまで達しています。そういった意味で、本稿の執筆にあたってもっとも苦慮しているのが七帝柔道と三商柔道との比較論です。

これまで、①ルールの違い(寝技への引き込みへの許容度、優勢勝ちの有無のほか、試合場外へ出た場合の取り扱いが異なります)、②開催時期(7月と11月)の違いをとり上げましたが、3つ目として上げるべき事項を選ぶ際に大きな悩みがありました。ベストセラー「七帝柔道記」で有名な増田俊也先生と北海道大学柔道部で同期だった6名のうちの一人、宮澤守さんがたまたま私の職場で同期ということで、この悩みを打ち開けました。一橋柔道部に独特な精神文化である「参ったなし」について、七帝柔道ではどうなのか、という点を宮澤さんにお尋ねしたかったのです。宮澤さんとの相談熟慮の結果、3つ目の相違点としては「参ったなし」を選ぶことはありませんでした。事実上であれ、明言されているものであれ、競技者にとって一番センシティブな問題であるこの部分において、両対抗戦において何ら相違するところはないという結論に達したからです。

3つ目の相違点として選ばせて頂いたのは、③七帝戦が2日間にわたり4ないし5試合を戦う(この部分ですが、初日勝利だと1試合、敗退だと2試合で終わります。また、優勝または準優勝する場合は最少で3試合、敗者復活して優勝・準優勝だと 最多で6試合する場合もある)のに対し、三商戦は1日限りで2試合に臨まなければならないという点です。七帝戦では大会期間中相手の事前情報収集が可能なのに対して、三商戦では大会期間中に相手の情報を事前収集する機会が極めて限られています。この違いは、要するに「敵を知り己を知れば百戦として危うからず」という兵法中の基本である「相手チームをどこまで事前に偵察・研究できるか」という情報戦に関わってきます。

七帝戦では初日に2試合(敗者勝ち上がりは3試合)、翌日の決勝トーナメントで2試合を戦いますので、決勝トーナメントに臨む場合には、予めどの大学にどういった選手がいて、誰が「取り役」「分け役」「穴」で、「取り役」が何を得意技としているのか、といった内情について大会初日に肉薄することができます。当日のコンディションやケガの状態についてもチェックできます。これに対して、三商大戦においては初戦に至っては全くのぶっつけ本番で相手に臨まなければならないため、7月の全国国立大会で上京する神戸大学の試合をビデオ収録するほか、試合前日11月22日の公開練習では食い入るように相手チームを観察して、「右組みか左組みか」「連携技は左右どちらか」「得意技は何か」「怪我の状態はどうか」といった点を把握する必要があります。更には、相手に自軍の手の内を晒さないために、自校の公開練習で伏兵となりうる新入生や中途入部生に得意技の打ち込みを控えさせたり、取り役にわざと調子がよろしくなさげな様子を見せさせることすらあります。ここまで来ると三商戦における情報戦はKGB、モサド、MI6、シュタージ、CIAといったゴルゴ13に登場するスパイの世界に近いものがあります。

また、15人の抜き戦では誰を何番目に置くかという出場順序が大きくものをいいます。三商戦では2試合に限定されている関係もあり、毎試合ごとにランダムなオーダーを組むことはできず、1試合目と2試合目の順序は固定されています。補欠選手との入れ替えのみ可能であるという、オーダーの制約が設けています。例えば、相手の「スーパー取り役」が3番目に出てきているのに、その人の分け方を研究し尽くした「ゴールデン分け役」を13番目においてしまっては自軍の損失を防ぐことができません。その場合は、全体最適を考慮して、三峰の選手を2試合目ではリザーブしていた「ゴールデン分け役」に交代するオプションを検討します。1試合目で相手のオーダーを把握してから、2試合目で補欠を最大5名まで入れ替えることで絶対的な「取り役」の暴走を食い止めることが可能となります。

15人というのは非常に面白数字で、よく金鷲旗のような高校生による5人制の柔道大会でも抜き戦が行われておりますが、15-20人という人数が集まるとどうしてもその集団と特徴といいますが性格といいますか特色がにじみ出てしまうものです。15名の抜き戦は総力栓であり、1年生の白帯も含め、ひとりとして傍観者は許されないという特徴があるのです。

さて、話を新歓期の小平の情景に戻すことと致しましょう。(続く)

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