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「こうすれば出会い系でモテる」(研究メモ)

一切のブランド情報を持たない非対称環境にある消費者から、エンゲージメントを獲得するための手法について

 本研究は、春木良且(先端社会科学技術研究所・昭和女子大現代ビジネス研究所)と青木翠玲(フェリス女学院大学文学部)の共同によるものです。日本マーケティング学会カンファレンス2022でポスター発表予定でしたが、会場が密かつ会話が激しく、両名共健康不安があり、余り説明できませんでした。以下を参照ください。

0.問題提起:情報メディアとしてのマッチングアプリと非対称情報環境

 本研究は、通称「マッチングアプリ」と呼ばれているサービスについて考察する。旧来掲示板を用いた「出会い系」と呼ばれるWebサービスが存在していたが、特にアプリケーション化されているものを「マッチングアプリ」と総称する。マッチングアプリでは、トラブル防止や違法業者の排除のために、登録時に本人確認手続きを必須とするものが一般的である。

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 それらの運営は、「インターネット異性紹介事業」に該当し、「インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律」(通称「出会い系サイト規制法」)の規制の下にある。そこでは「異性交際希望者の異性交際に関する情報を公衆が閲覧できるサービス」といった形で、機能が定義されている。

 本研究で取り上げるマッチングアプリでは、図に示すように「異性交際希望者の異性交際に関する情報」がシステム内で公開され、「掲載された情報を閲覧した異性交際希望者」とのマッチングが成立した場合、「電子メール等を利用して相互に連絡することができる」機能を持っている。

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 このシステム上のコミュニケーションは、以下に示すような特徴を持った、買い手側(主に女性)と売り手側(主に男性)との間での非対称情報関係である。

コミュニケーションチャネルが狭く、買い手側に提示できる情報量はごく少ない。
② 買い手側は売り手に関する事前情報を一切持たない
③ エンゲージメントの判断は、ごく一瞬で行われる。

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 マッチングアプリ上では非対称環境における逆選抜やモラルハザードなどの現象が起こっているが、買い手側の積極的なスクリーニング (screening) の手段は無く、売り手側のシグナリング (signaling)が全てを決することになる。実質的には、プロフィールテキストのみが、シグナルとして売り手側に提示できる情報である。こうした限定されたコミュニケーションチャネル上で、買い手側からエンゲージメントを得ること、すなわち「モテる」ための手段について考察する。マッチングアプリにおけるこうした特性は、例えば新製品やブランドが確立していない商品などに対する応用が可能だと考えている。

1. 買い手側の意識調査

 本研究では、典型的なユーザ層として、20代女性の買い手と30代男性の売り手を想定し、マッチングアプリでのコミュニケーションの実態を明らかにした。まず買い手側の20代女性に対してアンケートを行い、マッチングアプリでのエンゲージメントに関する判断を調査した。

 主要なアンケート項目は以下であるが、実質的には同じ質問である。
① マッチングアプリにおいてプロフィール文を見る場合、どういった点に着目しますか?
② その点に着問した理由について教えてください。
③ 好感度の高いプロフィールとはどういう内容のものでしょうか?

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 母数は20件で大規模調査はできなかったが、女性側が着目しているプロフィール情報は概ね、1.テキスト表現、2.コンテンツ内容、3.テキスト以外のプロフィール情報、4.その他の情報に分類できる。総じて、プロフィールテキストに対しては、明確に評価指標を持っているようであり、写真やその他のデモグラフィック情報より重視している傾向がある。

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また好感度の高いプロフィールに関しては、以下のような回答があった。

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 「自分のことについてしっかり記入してある」、「しっかり自分の紹介が書けている」、「無駄がなく客観的な目線で自己紹介ができている」などの回答が多い目に付いたが、「つらつらとかっこつけた自己アピールはいらない」といった意見もある。「文体がダサい人は会ってもダサい」といった、ストレートな意見には注目される。「プロフィール文が短いと、安心感が感じられない。」、「つまらない冗談を書く人が多く冷めることが多いため。」、「文章や言葉遣いは普段使うと思うのでそこで性格がわかる」など、非常に興味深い回答が多かった。

 好感度の高いプロフィール文に関しては、「明るい内容で前向き」、「誠実さが感じられる」、「相手への思いやりを感じられる」、「大人な文章」、「謙虚さが感じられる」、「安心できる」、「知性を感じる」、などコンテンツ内容に関して感覚的な評価が目に付く。表現上でも「真面目すぎず、砕けすぎていない、きちんとした言葉使い」という例のように、文章による好感度の獲得の難しさを感じさせる。

2. 売り手側の情報発信

 売り手側の30代男性に関しては、実際のマッチングアプリ上のプロフィールテキストを抽出し、語彙分析を行った。母数は100件で、総文字数9,293文字、平均92文字、最長475文字、最短17文字となっている。最頻出語は「好き」が43、「仕事」が22で、移行の頻出語を以下の表に示す。

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 最頻出語「好き」のKWIC(keyword in context)表現を併せて示す。概ね、趣味や嗜好などの自己開示の文脈で用いられており、マッチングアプリでのプロフィールテキストの傾向が推定できる。

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 ある程度まとまったテキストが入手できたので、KHコーダを用いて語彙分析を行った。図には、KHコーダによる語彙の対応分析の結果を示す。ここで明らかではあるが、一般のコミュニケーションテキストに比べて、極端に語彙の傾向が偏っており、多様性は見られない。

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 テキストの共起に関しては以下の図に示すが、頻出語の多くが共起しており、またノードの密度も高く、こちらからも話題に多様性が少ないことが推定できる。つまり売り手側はある種コモデティ的な状態に陥っており、差別化を図るのは難しい。以降には、コンテンツ内容に関して考察する。

3. プロフィール情報の傾向

 売り手側の男性によるプロフィールテキストの記述から、話題、意味内容を抽出し、整理分類を行った。その結果、①自己開示⇔外界指向と、時間軸として②過去⇔未来といった2つの軸で概ね整理できることが明らかになった。自己開示は、自らの趣味や嗜好、恋愛経験、さらに関係性の希望などが含まれ、第一象限Aは、マッチ後の交際を内容とするもの、Bは自身のサイコグラフィックや恋愛経験などを内容とする。外界指向は、内面よりは、行動、活動などを示すもので、やはりかつての経験を示すものCと、マッチ後の行動を示すDに分類した。

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 異性交際希望のためのプロフィールといった、目的性が限定された情報であり、端的に言って、これらの範疇外の情報というものは考えにくいだろう。結局、多くのエンゲージメントを獲得する(モテる)ためには、前述のように「自分のことについてしっかり記入してある」といった買い手側の条件が指摘されていた通り、こうした情報が「しっかり」伝達された上で、感覚的な評価を得る必要があるということになる。

4. プロフィールの「参加型物語」化とフラッシュ・フィクション的な記述

 本研究では、狭いチャネルを通して売り手側のプロフィールを伝達し、エンゲージメントを獲得するために、「物語」を用いた手法の検討を行った。ここで言う「物語」とは、コミュニケーションのための情報の構成手法の一つであり、特定の商品、サービスを題材に、消費者、生活者とのコミュニケーションに用いられるレベルのコンテンツを想定している。

 物語とは、領域によって捉え方が異なってはいるが、各登場人物や登場アイテムの一連の状態変化と行動の集合から重要なものを抽出したものである。本研究では、その定義に従い、「時間、場所、行動主体、行動客体」といった静的な構造に「(主体の)行動、状態変化」という動的な要素が付加された記述といった定義(福田清人 2016)が最も妥当であろう。

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 情報過多の現代社会では、生活者の興味関心を惹くために、コンテンツ自体に様々な工夫を凝らすことが多く、中でも一纏まりのストーリー性を持ったコンテンツを構築する、「物語マーケティング」の有効性には注目が集まっている。情報そのものだけではなく、その情報に物語性という一定の枠を与えることにより、受け手側の認知や共感を高めるといった効果があることは、広く知られている。

 つまり、4で述べたマッチングアプリにおける売り手側テキスト内容を物語化することで、差別化を図りエンゲージメントの獲得を目指すものである。但しマッチングアプリという特殊な情報環境と目的性を考えた場合、完結した物語コンテンツではなく、買い手側が何らかのポジションで物語中に包含されるような、「参加型の物語コンテンツ」について検討する。

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 例えば、3で調査したテキスト中に以下のようなものがあった。個人情報に纏わるものは含まれていないため、ほぼ原文のままである。

「地味顔でぽっちゃりで背小さくて胸が大きくて料理が得意な人が好きです。
そうです元カノです。心当たりある方は連絡ください。」

 これは、過去指向であり、自己開示であるため、上述のマトリックス上ではB「こういう人が好きです系」に該当する。この記述は単なる自らの興味を開示したもののように見えるが、この文章の背後に、この売り手側の過去の恋愛に纏わるいくつかの物語的なものが推定できる。つまり、物語性を直接表現するものではなく、推定させるような形式で表現されている。これはあたかも、わずかな文字数で構成された、フラッシュ・フィクション、"6 word nobel"と呼ばれる物語を思い起こさせる。

「売ります。赤ん坊の靴。未使用」(For sale: baby shoes, never worn)

 この文は、物語として必要十分な記述とは言い難い。しかし、この表現の背後には、明らかに何らかの物語があり、これを非物語として扱うことは出来ない。この物語は、語彙解析では決して導き出せないが、何らかの欠けている情報を補うことで、物語を導き出すのは、不可能ではないだろう。

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 マッチングテキストの様々な制約を考えた場合、このフラッシュ・フィクション的な表現形式は、多くの情報が表現できるという意味で、有効性が高いものと考えられる。特に読み手側の解釈によって補うことを必要とされているという意味で、ティーザー的に興味関心を喚起するといった側面もある。

 但し本プロフィールに関しては、「元カノ引き摺ってるみたいで嫌」、「結局基準として元カノがその人の中であり続けるから」といった女性側からの感想があった。必ずしも好感度が高いものとは言えないだろう。つまり前述のマトリックスBに留まって自己開示をしているにしか過ぎないという点が、エンゲージメントの獲得に至らない点であると思われる。

 多くの女性は、マッチングアプリでの出会いに、ある程度の真剣さ、継続性を期待しているのは、前述2で述べたアンケートでも明らかになっている。その場だけといった出会いに関しては、こと女性で言えば、マッチングアプリを利用する必要はないということであろう。そのため、Bの記述をベースにするならば、未来を志向する、Aこういう関係になりたいです系、あるいはDこういうデートしたいです系の要素をこの物語に包含しなければならないということになる。

 以上から、A、Dの未来志向の場合、その物語の主体として、買い手側の女性が含まれることが必要という結論になる。少なくとも、女性を含んだ未来の物語が提示され、そこに買い手側が参加して完結するという、参加型の物語に、エンゲージメントを獲得できる可能性があると結論付けることが出来る。

参考:

青木翠玲(2022).「おじさん構文」に見る不健全なコミュニケーションの研究-マッチングアプリでのリサーチを元に-,フェリス女学院大学文学部卒業論文(2022)
春木良且(2021). 人々は真鶴で何をしているのだろうか-ソーシャルメディアから物語を発見、生成する試み-,日本マーケティング学会 カンファレンス・プロシーディングス Vol.10
春木良且他.「みんなの意見」から物語を生成できるか:ソーシャルリスニングによる物語生成の可能性について,言語資源活用ワークショップ発表論文集/Proceedings of Language Resources Workshop,6,320-337 (2021)
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Content Marketing Hacks: Learn How to Drive Thousands of Visitors to Your Blog, Createspace
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をつくる, https://innova-jp.com/content-marketing/ (2022 年 8 月 1 日確認).

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