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強がらないで、強くなる

本文のタイトルにした言葉は、たまたまFacebookで目にした動画で、ある人が発したものです。
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NHK総合「Dearにっぽん」
コロナ禍を経て、日本の各地では、これまでの価値観が見直され、
新たな共生のカタチが生まれようとしています。
新たな社会と、生き方の可能性を、様々な人間模様の中に見つめていきます。
(番組HPより)

「あなたを想い、選ぶのは…~愛知・心に寄り添う古本屋~」
店主が依頼者の希望にぴったりの本を選んで届ける古本屋。
「誰にも言えないけど、誰かに聞いてほしい」。
悩み一つ一つに寄り添う店主と人々の心の交流を追いました。

https://www.nhk.jp/p/ts/P71P7Q379L/episode/te/J9G1R6ZK7M/
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この言葉を耳にしたとき、自分が内側で漠然と考えていたことが、明確な形になって
目の前に現れた感じがしました。

「強がってないけど、強い」

いつもどこかで考えていた、こうありたい自分を表現するのにぴったりだったんです。

さて、「ぴったり」感はとてもあるのですが、「強がっていない」ことと「強い」という状態が、自分にとってどんな状態を表現しているのか? 
実は、そこがぼんやりしています。

例えば、単純に体の丈夫さに絞って考えてみると・・・
「強がっている」状態って、例えば、仕事で無理を重ねても、「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせて
頑張り続けてしまい、突然、倒れてしまうとか、長期に休まなくてはならなくなるまで深刻な状態になってしまう恐れがある気がします。

僕は、もともとそんなに体が丈夫な方ではなく、季節の変わり目とか、少し無理をすると「ちゃんと」体の調子が悪くなります。
そんな時は、無理なものは無理、なので、早く仕事を切り上げて寝る、など回復に努めるので、実は、結果、突然休むことも、長期に休むこともなく、仕事を続けられています。

「結局、同僚や部下に迷惑をかけるような休み方をしない」ことから、同僚からは「なにげに、『強い』よねー」と評価されたりします。

「強がってないけど、強い」って、例えばこんな状態なのかもしれません。

「自分はダイジョブ」と自分に言い聞かせ鼓舞しなくても、日々の自分の状態と向き合い、その日に出来ることをちゃんとできている状態。

「本当に強い人は、自分の弱さを受け入れてる人だ」という論を読んだことがあります。

「強がっている」状態は、ずっと自分を飾ってないといけない、と言うことなのかもしれません。
それは、自分の情けないところをあけっぴろげに出していくこととも、ちょっと違うのでしょうね。

「等身大」とか「自然体」に近い状態のとき、人は「強い」状態になるのかもしれません。

このテーマ、もう少し考えてみます。

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