名無しの総菜屋
中由紀子
看板が無いんです
だから あの角の先の店
と呼んでいます
朝九時開店
赤玉の茹で卵 三つで百円
具だくさんの大きなおむすび
焼いた塩鮭 さんま
天ぷらは今 揚げているところ
店先までぷんぷんと油のにおい
畳三枚ほどの店内は
それで充分な品揃え
ちょいと粋な爺さんが
ラッシャイ と奥から現れる
おばあさんは台所でせっせと作る
お昼を過ぎれば閉店です
新しい地下鉄が通って
新しい建物が街にふえたけど
なにもかもが古いまま
昔からずっと同じまま
一パックの茹で卵を買いにゆく
名無しの総菜屋です
* 2019年8月詩誌「爪」133号中由紀子作品