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戦いが終わっての 冬

                 野本美登里

寒い冬だった
朝   戸をあけると
都内なのに氷が張っていた
洗濯物を乾かすと  かんかんに凍った
水道が出なくて
バケツに雪を入れて
とかして   使った
ガスも  出なくて
庭に   かまどを作って
薪をもやして  消毒の釜をかけ
注射器やら  メス  ピンセットを入れた
包帯は  患者さんに洗濯してもらって
何回も使った
薬もなくて  月に一回  配給をとりに
四十分も歩いて行った
魚一匹とか   じゃがいも2キロとか
もらったこともあった
支払は盆暮だった
寒くて  風邪が流行っても
みんな   明るく
活気に満ちていた
もう空襲はないものとお互いによろこんだ
人に助けてもらおうなんて思いもしなかった
朝から  トントン金槌の音がした
これから  よくなると  かたく信じていた
貧しかったけれど  あの時代
一生懸命生きたことは  私の誇り
あんなに  明るく  希望に満ちて
家に  鍵もかけないでいられたのだ
あの冬は  忘れられない

*2004年4月詩誌「爪」74号野本美登里作品

朝からトントン金槌の音がした
         心に沁みます


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