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千人針 野本美登里

昔   戦争に行く若い男達へ  武運長久を祈って
白いさらし木綿の巾を二つに折り
鉛筆で印をつけ
赤い木綿糸で一針縫って鋏で切り結んだ
一人一針  でも寅年生まれは
「千里行って  千里帰る」から
年の数だけ  結んでよいことになっていた
私は数えたことは無かった

小学校五年の時  友達の兄が召集され
千人針を手伝ってと頼まれ
日曜日に  銀座の松屋の入口に立って
「千人針  お願いします」と声をかけると
女の人が次から次に協力してくれた

後年  夫が軍医で召集された時
「千人針  持っていく?」と聞くと
「いらない  無駄なものだ」と断られた
終戦後  無事帰還した夫に
「兵隊さん達  千人針役に立ったの」と聞くと
「あんな困った物は無かった。
       虱の巣になって焼いていたよ」と言った
夫の留守中
隣組や知人に頼まれると  黙って協力した
言えない雰囲気だった
戦争中は
理屈ではわからない変な風が吹いていた
戦後生まれの娘や孫は
千人針と言っても全然わからない

*2004年1月詩誌「爪」73号野本美登里作品



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