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ある林業地をひとことで説明することの難しさ

吉野林業地という言葉があります。簡単に説明してくださいと聞かれたら、「吉野川上流域(奈良県川上村・東吉野村・黒滝村)を中心に行われている、スギ・ヒノキの高密度植栽、多間伐、超長伐期、樽丸生産を特徴とする(していた)林業地域」と自分なら答えますが、それで表現できているかといえば、そうではないと中の方々はおっしゃると思います。

飫肥杉林業という言葉があります。簡単に説明してくださいと聞かれたら、「宮崎県から鹿児島県にかけて行われている、飫肥杉という地域品種のグループを用いた挿し木苗、低密度植栽、無間伐または少間伐、短伐期、弁甲材(造船材)生産を特徴とする(していた)林業形態」と自分なら答えますが、それで表現できているかといえば、そうではないと中の方々はおっしゃると思います。

前者は500年、後者は400年の歴史を持つと言われています。伝統的なスギの人工林というくくりだけでも、これほど違うものが同じ国の中に存在しているわけです。極端な例を出しましたが、さらに全国各地で違う林業が…となると、もうカオス。

山林の所有形態や流通のありかた、さらに生産目的(用途)は、これまでも、そしてこれからも時代によって変わっていくことでしょう。そんな要素を加味していけば、「〇〇林業」をひとことでわかりやすく表現することがいかに困難なことか。

しかし、簡潔に説明する努力を放棄するわけには行きません。上記の説明ですら、林業ではない方々からすれば、全くチンプンカンプンでしょう。伝わらないのは発信側の責任。否応にかかわらず、もうそういう世の中になってしまったのです。だからと言ってすべての要素を余さず説明しようとするとかえって伝わりません。専門家ほどこの葛藤と戦わなければならない時代。

恒続林という言葉があります。簡単に説明してくださいと聞かれたら、「フランス・スイス・ドイツなどで発展し、良質の大径材を生産し続けるための林業の考え方で、森をひとつの生き物として捉えることを基本原則とする」と自分なら答えますが、それで表現できているかといえば、そうではないと中の方々はおっしゃると思います。

恒続林に積極的なスイスでも、その考え方をうまく林業に生かしているフォレスターは全体の2割もいないと言います。それだけ難しく、かつ適した立地も限られる(そもそもみんながみんな目指しているわけでもない)というわけです。だからこそ、恒続林のような単木的な管理に加えて、面的な管理も包括する近自然森づくりの方が広く普及したのだと私は解釈しています。

理論はシンプルなのだけれど、やろうとするとかなり高度なことを求められる。そんな恒続林という考え方、あるいは実施するうえでの仕組みを簡潔に説明することは、これまた相当な困難を伴います。おまけに、スイスやドイツは連邦国家なので、州が異なれば国が違う(法律すら違う)ということが普通にあるわけです。

それでも、コーディネーターとして、普及と応用に取り組む者として、どう説明するかというチャレンジは続けなければならないのですが、伝える相手が専門家や業界の人となるとまた話は別です。受け身じゃなくて一緒に考えてよー、と。

だって、専門家ほど「ひとことで説明することの難しさ」を知っているはずでしょう?

だからこそ、自分の拙い断片的で冗長な説明を根気よく聞いてくださり、それを紡いで咀嚼しようとする専門家に出会うと、とても幸せです。そして、それに甘えず頑張らなきゃなとも思えます。


余談ですが、スポーツ中継で繰り広げられるアスリートへのインタビューのこと。お決まりの質問は、「一番印象に残っていることをお願いします」「きっかけは何だったのですか」

聞く方は、点や線で全体を表現しようとする(視聴者にわかりやすく伝えようとする)のでしょうが、プロのインタビュアーであるのならば、その簡潔化の作業をアスリート側にさせるなよ、と思うのですね。

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