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色覚特性レンズ

「ハハハ、おまえ色盲なのか?」

小学二年生のときだったと思う。図画工作の時間でみんなで埴輪の絵を書いていた。色を塗っていると、担任教師が「おや?」と自分の前で立ち止まり、「なんだこの色は」と言い出した。茶色を使うべきところを緑色の絵の具で塗っていたらしい。そのあと冒頭の言葉を投げかけられた。同級生たちが集まってきて恥ずかしかった。

休み時間に廊下でしょんぼりしていると、保健の先生が「どうしたの?」と声をかけてきた。授業であったことを話すと、それはひどいと憤慨しだした。そのまま担任教師のもとに連れ立ち、自分のために抗議をしてくれた。担任は謝っていたけれど、どこか心の片隅にしこりのようなものが残った。

自分は人と何か違うのか? そういえば学校の身体測定のときに、色覚測定の検査表(丸の中に数字が浮いて見えるアレ)は最初の1〜2ページ目しか判読できなかった(今はもうやらないらしいが)。大人になってそれを「色弱」「色覚障害」ということ、同じような障害を持つ人が世界に2億5000万人いる(日本人では3%、男性は20人に1人)ということを知った。

ヨーロッパのサッカーの試合で、出場チームがそれぞれ赤色と緑色のユニフォームを身につけていたところ、テレビの視聴者から「チームの見分けがつかない」というクレームが結構な数舞い込んだという。色弱にもいろいろなタイプがあって、緑が見えにくいタイプ(D型)、青が見えにくいタイプ(T型)、そして自分のように赤色が見えにくいタイプ(P型)とがある。

人は錐体(すいたい)細胞で色を認識・判別しているが、その細胞が正常に機能しないために一部の色が認識できなくなるというのが色覚障害のメカニズム。ただ、障害と言ってもユニフォームの色がわからない程度?と問われれば、日常生活に支障はないのでは…と思われても仕方ないのかもしれない。

昔は色覚障害があると薬剤師になれなかった。都市伝説かもしれないが医者や教師もマイナス要素だとされたこともあった(患者や生徒の顔色がわからないというのが理由)。時代が変わって近年では職業選択の制限はほぼないと言われている。

しかし、自分の場合困るのは山仕事のとき。目印にするテープや杭の頭のピンク色・赤色を認識しずらいので、「あそこにピンクテープあるでしょ?」と言われても、見つけるのにとても手間取ってしまう。樹木が病気にかかって赤茶けた葉をつけているのに、発見が遅くなってしまうこともある。だから、色よりもテクスチャ(形)や明暗で判別しようとする癖がついた。

それでも、たぶん人に迷惑をかけたり、イライラさせたりしてしまっていることがあるのだろうなと思う。山に同行したある研究者に「この仕事向いてないんじゃないの?」とストレートに言われて、凹んだこともあった。傷ついたが、それは正しいかもと思ってしまった自分がそこには居た。


先日、眼鏡屋さんで「色覚特性レンズ」というものを扱っていると知り、訪れてみた。サングラスのようなものが何種類かあって、それらから好きなもの選ぶのかなと気軽に考えていた。ところが通されたのはいろんな機材・器具満載の部屋。そこで2時間様々な測定をした。

「今は障害とは言わず、特性という言い方をします」と、担当の店員さんは言った。そして「お客様は確かにP型(赤色が見えづらい)ですが、代わりに緑色がかなり鮮やかに見えているようです」と付け足した。

ああ、と思った。なぜ自分は秋よりも春が好きなのか、ソメイヨシノ(花が先に開く)よりもヤマザクラ(花と葉が一緒に開く)が好きなのか。これからの時期、新芽が弾け山は一斉に淡緑のスクリーンを張るが、どうも普通の人よりもそれを敏感に感じているらしい。

ただ、普段の生活の場(街の風景やサインなど)は残りの97%の人たちが見ることを前提に作り込まれていて、カラーユニバーサルデザインの考え方が普及してきたとはいえ、まだまだ色覚特性を持つ人には不便がある。それで開発されたのが色覚特性レンズ(色覚補正メガネ)だ。

基本的な原理はよく見えている色の波長を抑えることで見えづらい色の波長を強めに見せることだそうだが(医学的には矯正とは言わないらしい)、その構造や程度は人によって全て異なる。だからこのレンズは全てオーダーメイド。色覚補正レンズに度は入れられないので、もともとメガネが必要な人は写真のようにその上に被せるタイプになる。

今日、そのレンズが出来上がったので、早速かけてみた。

街を行く人達の赤やオレンジの服、大売り出しのステッカー、精肉や魚の赤身、おお…赤い。そして街路樹のサクラを見た。ピンクってこんな色だったんだ。ああ、赤ってこんな鮮やかだったのか…。

自分がいつも通っている山はどう見えるのだろう。これからは秋も好きになるかもしれない。そして今後、山で人をイライラさせることが少しでも減るといいな。

このレンズを注文することが多いのは内装の職人さんだそうだ。壁紙の色の判別に(サンプルと合わせたりするのに)便利らしい。結構値が張るので簡単には勧められないけれど、特に仕事で困っている人はこういう道具はこれから選択肢に入ってくるだろう。

以前なら「欠陥ではなくて個性(特性)」と言われても、じゃあ貴方はこの個性とやらを欲しいと思うの?世の中そんなきれいごとじゃないよ、と思ったかもしれない。でも最近は、それは少しでも前向きに生きていくための人間の知恵なのかもと思えるようになった。

そして今回、そういう人をサポートするために技術開発で頑張っている人たちがいることを、改めて知ることができた。

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