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課題とは理想と現実のギャップのこと

奈良県のプロジェクトで来日していたスイスからの実習生の報告会で、学生の一人が NaiS(Nachhaltigkeit und Erfolgskontrolle im Schutzwald)の紹介をしていた。読み方は「ナイス」。以前現役フォレスターのロルフからもこのことを教わったことがあったので、この機会に整理をしておこうと思う。

NaiS は保安林管理のガイドラインのようなもので、連邦環境省のプロジェクトとして 2005年に発行された。スイスのフォレスターは自分の担当区で保安林施業を行う際に、このシステムを利用して事業管理を行っている。

NaiS Webサイト(ドイツ語・フランス語のみ)
https://suissenais.ch/

NaiS 入力フォーマット(excel ファイル)
https://www.gebirgswald.ch/de/formular-2.html?file=tl_files/gebirgswald/de/02_NaiS/10-NaiS_Formulare/00_Gesamt/NaiS_Form_2.xls

まず、対象林分の標高と立地タイプ、そして保安林に求められる機能(落石防止、雪崩防止、土砂流出防備、水質保全など)を選択すると、その林分の目標林型がシステムから提案される。

目標林型の要素は、樹種と混交割合、垂直構造・水平構造、径級分布、樹冠の育成目標、更新や林床の状況、などなど。それに対してフォレスターはそれぞれの項目ごとに自分が観察した現状を書き込んでいく。

この目標林型(理想)の各要素と現状のギャップが「課題」であって、これらの課題を解決していくのがフォレスターの仕事。

各要素の評価のものさしには「非常に悪い」「最小限」「理想」という目盛りがあって、現状が左側(ネガティブ側)に来るほど手入れの優先順位が高いことになる。

ただし、課題となる要素全てに対して人為を加えていくわけでは無い。

10年後・50年後を見通したときに、自然の力で右側(ポジティブ側)に振れていくことが予想される場合は、いま人為を介入する必要性は低くなる。これは NaiS の目標である「最小限の努力で保全効果を持続的に実現する」ことにとって、大変重要なこと。

以上のようなことを検証しながら、今何が必要か(必要ではないか)、あるいは何年後に何をチェックするかを決めていく。

このシステムの良いところは、フォレスターが施業プランを立てる場合に整理しやすいばかりではなく、検討のプロセスが可視化されるので客観性も高まるという点。保安林施業は公的資金が拠出されることがほとんどなので、現場が負う説明責任への負担は軽くなるだろう。

NaiS のことをロルフから教えてもらった際に、提案される目標林型は、フォレスターにとって従わなければならないもの?それとも参考にするもの?と聞いてみた。彼はそれは後者だと即答した。

なぜならば、実際の自然条件や、森林所有者あるいは地域住民が森林に求めること、ステークホルダーの都合など非常に複雑で、このようなシンプルなシステムで割り切れるものではないからだ。

それはフォレスターの経験と観察に基づく判断が必須であることを意味するが、それでもゼロから考えるよりはこのシステムである程度筋道を立てて、そこから修正していくほうが遥かに楽だとも言っていた。

このようなシステムがない日本で、この話の何が参考になるのかというと、「課題とは理想と現実のギャップのこと」という定義は、1人1人が明日からでも利用できる考え方であるということ。

理想を設定することが難しい場合でも、仮でも良いので目標は立てておいたほうが良い。そうしないと検証と修正が難しくなるばかりか、往々にしてどの手段を取ればよいかの水掛論になり、消耗してしまうからだ。

人によって伐る木の意見が別れた場合、大事なのはどっちの木を伐るかではなく、この森の目標は一緒か?ということ。森づくりでは、ひとつしか正しい道がないということはありえない。複数の道が必ず存在する。

ロルフ・シュトリッカー

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