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ご無沙汰しすぎているな

書くことはいっぱいあるけど追いつかない。
相続のこともたくさんお話をしたいけど、そこも疎かになっている。
今、改めて自分の仕事を見直しているところ。
コロナ禍で一緒に作業している仲間もモチベーションが上がらずいたずらにも3ヶ月も過ぎてしまった。
成果も出せずに費用だけ嵩んでいる。

今、東京の上野(御徒町)と湘南(茅ヶ崎)を行き来していて、週の4日くらいはあっちで寝泊まりしている。
今週は荷物の受け入れや映像の編集で湘南に戻ってきている。
「オカチ基地」には未だにパワフルなマシンがないから湘南に戻ってくる以外ない。

ちなみにヘッダーの猫ちゃんはオカチのジュエリー街(ルビー通り)で暮らしているさくら猫ちゃんで、駅へ行くときは毎回この子に挨拶して出かける。たまにパトロールしているときもある。

今、御徒町で住んでいるところが便利。
実は秋葉原へも徒歩5分くらいで行ける。
「秋葉原」の名前は江戸時代があり、今は台東区に残っているところだけみたいだ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E8%91%89%E5%8E%9F

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この数ヶ月、いやとくに6月に入ってから自分の人生が大きく変わりつつある。
一難去ってまた一難もあるが、新しい出会いもある。
コロナ禍でオンラインミーティングが増えた。
しかし、自分の仕事はものを紹介したり、人と交流し、物事を進めることだったが、これが難しくなった。
何しろ、よほど親しい人でないと会うことができなくなった。
外国人記者クラブにも行かなくなったし、ここの委員会の会議もすべてSkypeを通じて行うことになった。

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外国人記者クラブのことを言えば、今月から役員改選選挙が始まった。
準会員1300名を代表する共同委員長の自分としては、準会員から役員3名と監事を1名選出せねばならなかった。これが頭痛の種で、慣例で委員長は選挙管理まで見届ける役目を果たす必要があった。しかし、今年はすべて簡略することが出来て、FCCJを管理する外務省にも監事を通じて報告し理解を得てもらえた。

更に最近、何も更新しなくなった理由が何かと考えてみた。
妻の会社のことでブチギレすることがあった。
妻の会社のホームページは私がwordpressを用いてデザインし作った。
SEO対策のためにすべてワンページで表示する様にwidgetを多様して作り、必要なところは固定ページで情報を反映するようにしていた。
その更新や管理権限を妻の会社のスタッフに委ねたが、デザインしているときに、あれもころやって欲しいとか注文が入りホームページデザインが複雑になり管理が難しくなった。
実際慣れればどこになにがあるか把握できる仕組みではあったが、編集には様々なツールが必要で、wordpressのみではできず(もちろんフォトショップなど画像編集ツールは必要)対応が難しかった。
そして、httpsにしたけど、一部の画像データがhttpのままでしか表示できず(レンタルサーバの問題)必ず100%セキュアでないという警告が出て気持ちが落ち着かなかった。そのために今度はすべてレンタルサーバをやめて wordpress.com へ移す計画が進んだ。

https://enishi-hall.link/

デザインは友人に頼んで出来上がってきた。
しかし、その友人の会社はドメインに関しての考え方、「移管」やシステムについてド素人どころか、無知であった。
その辺りの確認と妻に最初出した私の指示が適切でなかったことに痛感し納期が2ヶ月以上も遅れた。
その遅れたおかげで、こちらもテストのために自分のドメインを移動したり、挙句の果てにMicrosoft 365  (Office365) を契約することになった。
5月は中旬までそれに追われていた。
しかし、これのおかげで自分はすっかりMicrosoftのファンになってしまって、Google Suite離れをすることになった。そして妻の会社のシステムもMicrosoft 365を走らせることにした。
もちろん移行はスムーズには行われなかった。本当ならいけたのに、原因がどこにあるかはわからないがMSの電話サポートで解決した。

エンジニアとして必要なのは対応能力である。
しかし、どこに問題があるのか、とくにDNS関連は素人ではわからない。
幸い、自分は20年以上もBINDとDJBDNSでDNSをいじってきた経験もあり、更にonamae.comでレンタルサーバの設定も自分で行っているので理解できるところがあったから対応できた。
しかし、MSがwordpress.comのサーバのDNSを自動更新する内容(MSのDNS設定)まではわからない。そこでサポートに英語でメッセし電話でAzureの設定とかを手伝ってもらった。

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もしここで英語が出来なかったら、サポートを受けるのに2〜4時間待ちになった。英語が出来たから世界中どこかにいるサポートエンジニアから10分以内に電話がきて、フォローしてくれたことは感謝しきれない。
英語ができるようになったのは、親からの教育であることは感謝せねばならない。自分は英語が出来る(100%バイリンガル)ことは小さい頃から留学させてもらったからである。これは親の財力に感謝するしかなく、痛感している。だからこそ、うちの子にも英語を学ばせようと。
しかし、うちの子は違う理由で英語を憶えるようになった。
オンラインゲームで世界中の猛者と張り合うためだった。
和田家の家族は国際的でみんな世界中どこかに住んでいて、息子のいとこたち(自分には甥っ子)との共通の言語が英語である(日本語でも通じるけどイマイチのもいる)。うちの子は大きい甥っ子にイジメられた記憶があり(本人は体が大きいからチョイと押しただけで相手が吹っ飛んでいく)疎遠になっていて、英語を習うことがトラウマになってしまっていたが、どうやらそれを克服できた。

話は戻します。
このホームページの移動と移管、そしてわからないことを聞いてこなく、勝手に自分で解釈し(解釈できなかったらしいから別の共通の友人に相談)どんどん納期がズレて、私のイライラ度が沸点を越えてしまったのが5月だった。さらにSkypeがハックされたあとにEvernoteまでハックされてしまったこともモチベーションが下がる要因でもあった。
おかげですべてのパスワードを変更し、できるところは可能な限り二段階認証を入れました。ちなみに約10年前にGMAILの二段階認証を破られた経験もあり、他にいいものはないかと(笑)。

5月はアマゾンで買った商品がハズレばかりですべて返却する羽目にも遭った。壊れていたり、組み立てが出来ないオフィスチェアだったり、踏んだり蹴ったりの5月だった。
更にYouTubeで嫌がらせを受けた。
自分が作っているBGMが著作権違反だ〜って訴えてきたクソヤロウがいて、無駄な時間と労力をGoogleに異議申し立てをする羽目に。

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6月からちょっと運気が変わってきた。
実は私は個性心理學®の支局長もやっている。個性心理學はキャラナビ(動物占い)でも有名だが、ベースは四柱推命学であり統計に基づいた話である。その5月は「浪費」の月でもあったから、納得はしていた。
6月からは「調整」であり、転ばぬ先の杖として、落ち着いて行動を取ることが出来た。7月(節日は7日)から運気が「焦燥」に入りまたイライラ度がマックスになるだろうなと。ここは笑って過ごすしかないだろうと。
実は昨日はイライラ度の頂点に達していた(焦燥の日であった)。

6月はNTTのFletsからSonyのnuroに切り替えた。
下記はFBのノートに書いた内容を一部転記した。


ネットの接続先を切り替えたらルータが機能していない!
入れ替えしていて、気づいた。
本来なら192.168.5.x→3.xに変換するようにルータを組んでいたはずのルータが死んでいた(全く使っていないセグメント)で、その5.xが参照していたnameserverが1.1でした。
実際、5.1のWAN側は1.86にしていたのは記憶にあった。
3.1のWANは5.254のLAN側にしていたはずだったか記憶が定かではない。
もしかしたら3.1→1.85になっていたかどうかも。
それがまた参照していたDNSは1.1.1.1と1.0.0.1。
そこはともかくとして、
3.xのセグメントがWAN側の1.xのセグメントになっている。
あれ?5.xを飛び越えている。
なぜ解析できないかと言うとLAN側のセグメントが1.xのIPアドレスが振られていて、LAN側のセグメントが昨日していないのと、実際存在していないことに気づいた。
ループバックが起きていたとは思えない。
それなら他(ハブやスイッチ)で警告が出ていたから。
更にそのルータにはLAN側からルータの設定が出来なく、設定しようとするとDHCPからAPIPAのIPアドレスが振られる。
ってことは、工場出荷状態に戻さないと設定が出来なくなり、究明できなくなる。
虱潰しに192.168.x.xを入れることもできるが、大本の192.168.1.1側で割り振っているIPアドレスとMACアドレスを照らし合わせたらわかるはずだが、そんな時間はないし、やるつもりもない。
以前はサーバ側のDHCP Serverにて登録していたMACアドレス以外は通信出来ない仕組みでリストを作って運営していたが、来客があるたびにや、機材が増えるたびに追加する必要があり億劫になって、DHCP機能は小型ルータ側の機能を利用するようになった。
更にWiFiも同様で登録されたMACアドレス以外は受け付けないようにしていたが、それも開放した。
どんどんセキュリティが甘くなるけど、運営時のトレードオフとバランス。
全体的な接続はセグメントで切ってFirewallでそれぞれのパケットのみを通過させればよいかと。
時代は変わったので、自宅(オンプレミス)サーバは廃止した時点で切り替えた。
どの道、そこまで今、検証している時間も気力、体力もないし、そもそもそのルータは開発デスクで汚染や侵入を防ぐためにあったけど、最近そのような作業は一切していない。
自分が開発者であると言う夢を捨ててしまたので仕方ないかと。
夢は諦める必要ないけど、今の場所では完全に作業机1台だけではどうにもならない。
本当はどこか、田舎暮らし(べつに憧れているわけではない)で古民家みたいなところを要塞みたいな形で開発室、収録且つ映像撮影会議室と住むところ(キッチン、寝室、リビング)があるようなところに引っ越して、そこで活動していきたいとだいぶ前から思っていたところ、家庭の事情、社会構造変化、周囲の価値観などですべてを後回しにしてきた。

やはり6月は「調整」の月だった。
それに「調整」っていう日はモテ期でもあるから、自分を上手に調整して対応が求められる。
引っ張りだこの6月であった。
中国とベトナムの会社から共同プロジェクトのオファー。
どこまで対応できるかわからないが、やるだけやってみる。
8月くらいには答えが出るだろうと。

長文で失礼しました。

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先祖代々葬儀社の家系に生まれの元葬儀社の社長/元エンジニア現在葬儀専門のSI/葬祭業専門の海外向けのコンサルタント/「死に方改革®」研究者/相続と終活であの世への「旅のデザイナー®」/外国人記者クラブで2つ委員長なう/猫、ワイン、ガジェット好きの10歳から白髪のオッサン
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