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せとぎわの魔術師【努力のしかた】

締切が2時間後に迫っている。
さぁ、あと2時間でこの局面を乗り切ることができるのか?
この時間的な危機を乗り切る私は「せとぎわの魔術師」なのかもしれい。


「せとぎわの魔術師」

1987年1月に出版された、さだまさしの著書タイトルです。
何度もNoteで書いていますが、私は生粋のさだまさしファンなのです。
さだまさしの歌手歴と同じ年数のファン歴が誇りです。
隠れまさしタンという暗黒の時代にあっても、さだまさしファンであることを公言し続けたさだ教徒です。
さすがに、この本の詳細は記憶していませんが、締切や窮地に追い込まれてもなんとかそれを乗り切って生きていく意が残っています。

日曜の14:00を過ぎてしまった。
本日のタイムテーブルから既に2時間、作業は遅れている。
本来ならば、この原稿を書き終えて、一旦休憩に入るはずだった。
さぁ、これからどうする。
絶対に譲れないのは、風呂に入ってから「青天を衝く」をウィスキー片手に観ることだ。
それから、飲んだら書き物はやらない。
飲んで書くと、ろくな事は書かない。
書いた本人だけが悦に入って、その勢いで公開してしまう。
これは、本当にみっともない文章が、一晩恥をさらし、いただいた「イイネ」に顔が赤くなってしまう。

せとぎわを乗り切る技術

「せとぎわの魔術師」とは、何もせずに締切を間近に迎えた人にはできない魔術です。
全く何も出来てない、そんな事が締切2時間前に、エイヤーって取りかかったとしても、出来るものではありません。
これができる人は「せとぎわ」に追い込まれてなんていない、天才的に仕事が早い人なのです。
「せとぎわの魔術師」とは
他人からみて、「何も出来ていないのに大丈夫・・・・」と心配されながら、苦悩の表情を浮かべながらも「間に合った!」という、キワキワまで完成形に到達できない、私のような人が使う魔術なのです。

今、この原稿をあと30分で書き上げようとしている。
短くすれば良い、それも一案だ。
取り敢えず書いて投稿すればよい、それは一時しのぎにしかならない。
魔術という限りは、それ相応の仕上がりで、面白くなければならない。
そこで、キーボードの上で指を動かす。
今、直面している状況を書いている。

例えば、こんな実話があった。

クライアントさまへ伺ってお話しをしていると、広告のやり方という話に飛び火してしまった。
ただ、この題材は、今回の課題解決をする話に連動出来そうだが、何も準備していない。
さぁ、困った。
どう、ファシリテーションをしよう?

その時、僕の頭脳は、僕の意思と違うところで「ジャパネットたかた」さんが創立された時の話を口が勝手に始めてしまった。
「ジャパネットたかた」さんの事に詳しいのは、やはりさだまさし関連情報だからだ。
もう、頭じゃなくって、口に任せするしかない。
そしたら、出るわ出るわ「ジャパネットたかた」に関する話が出てきます。
この話が一段落、クライアントさんをみると、納得された表情で「いいですね、ラジオショッピング」って事になった。
結局、私の頭ではなく、口が頑張ってくれて、課題解決の糸口が見つかった。
これが「せとぎわ魔術」なのである。

日頃のインプット

いつも傍らに本を置き、雑読しているこの頭には、いろんな情報が詰まっています。
ただ、読んだ本人が忘れていることも多々あり、大部分は読んだという満足感で終わっていると思う。
それが、出てくる一瞬があるのだ。
神が舞い降りるというそれではなく、記憶が蘇る時があるのです。
忘れている歌を歌い始めると、何故か歌詞がメロディーに乗って出てくるアレです。
そんな時ってありませんか?
それが、窮地に追い込まれた時に起こる。
それは、やっぱり、日頃の準備なのだと思うのです。
日頃に準備していなければ「せとぎわ魔術」は起こらないのです。

この題材を選んで、今週の投稿を書いているのですが、こんな展開になるとは正直思わなかった。
もっと、困った、どうしよう・・・・って愚痴のオンパレになると思っていたのですが、結構前向きに書けた気がします。
これは、日頃の小さな努力の積み重ねがなせる業なのです。
日頃の努力こそが、己を救う時がある。
「せとぎわの魔術師」は、一夜漬けのようで、古漬けなのかもしれない。
今日は、日頃のインプットが大切だよ、ってところで、お時間となりました。


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