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拉致られ、異世界。 〜存在意義を証明せよ〜

【登場人物】
相良さがら ミチ・・・高校二年生。とある出来事から、自分には価値がないと感じるように。人とは距離を取りがち。
・unknown・・・突然現れたクラスメイト。赤髪に灰色の瞳と、明らかに日本人ではないが、そう見えているのはミチだけらしい。
◇第一話◇

 赤毛の青年がいた。
 白皙の肌と灰色の目。日本人離れしたすらりと長い手足と背。窓際の席で日を浴びると、赤茶けた髪に光が透けて綺麗だった。
 新年度の新たなクラスに馴染んだ頃、突然現れたクラスメイト。転入生でも留学生でもなかった。担任からの紹介はなかったし、クラスの空気にもよそよそしさは感じられない。まるで前々から見知っているかのように、皆仲が良かった。
 私は彼の名前を知らない。が、聞いたことはある。
 出欠確認の名前は“佐藤”だった。
 前の席の男子は“山田”と声をかけていた。
 隣の女子には“斉藤”と呼ばれていた。
 お昼を一緒に食べる仲間には“よっちゃん”で通っていた。
 どう見ても外国人の彼には、似つかわしくない日本名が幾つもあった。
 不思議なことに、彼はどの名前も正解であるかのような反応をするものだから、これは新手のいじめだろうかとも考えた。けれど、彼を含めたクラスメイト達の仲は概ね良好。彼自身に好意を抱く生徒もちらほら存在する程だ。
 皆の態度を見る限り、意味不明ないじめや遊びではないようで、それがまた私を混乱させる。
 何より理解不能なのは、彼が異国語を話していることだった。
 個人的な付き合いがない私は気付くまでに数日かかった。授業で指名されて答えた時に初めて聞いた音は、絶対に日本語ではなかった。けれども英語でもない。どこかの民族のような、独自の文化が構築されているような、そんな所の言葉のようだった。
 ただ間違いなく、日本語ではない。それだというのに、彼を“小林”と呼んだ教師は正解だと彼を座らせた。
 その時に、私の頭は考えることをやめた。
 unknownの彼は、私には赤毛の白人に見える。けれど皆には黒髪の日本人に見えている。
 unknownの彼は異国語を話す。けれど皆の耳には日本語で届いている。
 こんな頭の心配をされそうな摩訶不思議な話を、真剣に聞いてくれるような人物には心当たりがない。適度な距離を保ってきたクラスメイトにも、保護者に押され気味な担任にも、良くも悪くも娘思いな親にも、受け入れてもらえる気がしない。
 誰にも受け入れられないのなら、せめて自分だけは受け入れることにした。幸い彼とは接点がない。席も遠いし、選択授業もあまり被っていない。『そういうもの』と私が受け入れる、もとい流せば、全て丸く収まるのだ。
 私は『事勿れ主義』を貫くことを心に決めた。
 新年度の新たなクラスに馴染んだ頃、突然現れたクラスメイト。転入生でも留学生でもなかった。担任からの紹介はなかったし、クラスの空気にもよそよそしさは感じられない。まるで前々から見知っているかのように、皆仲が良かった。
 私は彼の名前を知らない。が、聞いたことはある。
 出欠確認の名前は“佐藤”だった。
 前の席の男子は“山田”と声をかけていた。
 隣の女子には“斉藤”と呼ばれていた。
 お昼を一緒に食べる仲間には“よっちゃん”で通っていた。
 どう見ても外国人の彼には、似つかわしくない日本名が幾つもあった。
 不思議なことに、彼はどの名前も正解であるかのような反応をするものだから、これは新手のいじめだろうかとも考えた。けれど、彼を含めたクラスメイト達の仲は概ね良好。彼自身に好意を抱く生徒もちらほら存在する程だ。
 皆の態度を見る限り、意味不明ないじめや遊びではないようで、それがまた私を混乱させる。
 何より理解不能なのは、彼が異国語を話していることだった。
 個人的な付き合いがない私は気付くまでに数日かかった。授業で指名されて答えた時に初めて聞いた音は、絶対に日本語ではなかった。けれども英語でもない。どこかの民族のような、独自の文化が構築されているような、そんな所の言葉のようだった。
 ただ間違いなく、日本語ではない。それだというのに、彼を“小林”と呼んだ教師は正解だと彼を座らせた。
 その時に、私の頭は考えることをやめた。
 unknownの彼は、私には赤毛の白人に見える。けれど皆には黒髪の日本人に見えている。
 unknownの彼は異国語を話す。けれど皆の耳には日本語で届いている。
 こんな頭の心配をされそうな摩訶不思議な話を、真剣に聞いてくれるような人物には心当たりがない。適度な距離を保ってきたクラスメイトにも、保護者に押され気味な担任にも、良くも悪くも娘思いな親にも、受け入れてもらえる気がしない。
 誰にも受け入れられないのなら、せめて自分だけは受け入れることにした。幸い彼とは接点がない。席も遠いし、選択授業もあまり被っていない。『そういうもの』と私が受け入れる、もとい流せば、全て丸く収まるのだ。
 私は『事勿れ主義』を貫くことを心に決めた。

 ーーはずだったのに。

 失敗した。大失敗だ。
 先週の決意は何処へやら、週のど頭からやらかしてしまった。
 言ってしまったのだ。
 「何を言っているのかさっぱり分からない」と。
 口が滑ってしまった。タイミングが悪かったのだ。冷静でいられない時に話しかけてきたあちらが悪いと言えば悪い。いや言い訳だ。完全に私の落ち度である。
 それと言うのも、私にはあまり親しくない知人がいる。
 名前は町田まちだ清歌さやか。誰もが認める美少女で、性格も良い。勉強は中の中の下くらいと平凡だがそこはご愛嬌。愛らしく慈愛に溢れた笑顔は誰をも和ませる。
 そんな彼女と、私は上手くいっていない。
 嫌っているわけではないし、ましてや彼女に凶悪な裏の顔があるわけでもない。彼女は皆にするのと同じように、私にも微笑みかけてくれる。
 ただ、仲良くはなれない。友達になれない“事情”があるのだ。
 その“事情”はサヤカと私、二人に共通する事柄で、けれど認識の違い、解釈の違いが、私の態度を硬化させる最大の原因だった。
 クラスの離れている彼女とはほとんど接点がないはずなのに、廊下を歩くと高確率で遭遇する不思議。というより、彼女の方から会いに来ているようだった。ぎこちない態度しか帰ってこないことはもう分かりきっているだろうに、彼女はいつだって優しかった。
 今日もまた話しかけられた。放課後、遊びに誘われ、あの手この手で断ろうと四苦八苦している所に、奴は来たのだ。
「    」
 私の頭では日本語に翻訳されない言語は、やはり私以外の人には伝わるらしい。
「阿部くん、どうしたの?」
 何の躊躇もなく始まった会話には少々薄ら寒いものを感じた。しかし、これは好機だ。サヤカのことはunknownくんに任せてこの場を切り抜けよう。
「ごめん、私そろそろ」
 サヤカの返事も聞かずに背を向けた直後、今の今まで理解出来なかった彼の声で、明確な意味を持った言葉が届けられた。
「  相良ミチ  」
 信じられない思いで振り返って、すぐに後悔した。人の名前に代わる言葉なんてありはしない。世界のどこに行っても“太郎”は“タロウ”だし、“相良ミチ”は“サガラミチ”なのだ。彼の発する音の中に自分の名前を見つけたって何も不思議なことはない。
 驚愕から苦々しい後悔の表情になった私を、二人は不思議そうに見ていた。
 この時点で、私は相当テンパっていた。
 unknownくんの口から名前を聞き取れたとはいえ、呼び止められたのか、サヤカに話しかけただけなのか、言葉を翻訳出来ず、サヤカに通訳してもらうわけにもいかない私には判断のしようがない。
「ミチちゃん?」
「相良?」
 二人に名前を呼ばれて、そこで私は閃いた。
 ーー言い逃げしていけば良いじゃないか。
 会話が出来ないのなら、会話をしなければ良い。簡単な話だ。印象は悪くなるかもしれないが、知ったこっちゃない。これ以上神経を擦り減らすよりマシだ。
「ごめん、この後用事があるから。もう行くね」
 笑顔と掲げた右手がわざとらしかったが、気にしないことにする。あとは立ち去るだけだと二人に背を向けた。もう振り向かない。名前を呼ばれたって聞こえないふりだ。
 数歩歩いて、呼び止める声がないことにほっとした。
 だから、腕を掴まれた時は変な声が出そうになった。
「    」
 すぐ後ろで低い声がした。
「   、相良」
 腕を掴む彼の手は温かくて、少し力んでいるのか痛かった。
 その感覚に、私はぞっとしてしまった。
 思えば、今まで夢のようだった。普通では有り得ない現象を、何でもありの夢だと処理して、それで平静を保っていたのかもしれない。
 ならざるを得なかった夢見心地が、現実の体温と痛みで一気に醒める。
 途端に恐ろしくなった。翻訳出来ない言語も、周りの認識と違う容姿も、彼を受け入れている同級生も。皆、未知の生物に見えて、その瞬間、逃げなければと、本能が訴えた。
 理解出来ない音に時折、私の名前を混ぜる彼の手を力一杯振り払い、こう言い捨てた。
「悪いけど・・・君が言っていること、さっぱり分からない!」

ーーー第二話へ続くーーー

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