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【小笠原の地震を受けて】「緊急地震速報」の苦手をまとめてみた

(↑)2022年夏の更新版はこちらからどうぞ。


【はじめに】
この記事では、緊急地震速報の苦手を事象と共に纏めてみようと思います。

参考になりそうと思ったのが、日本語版ウィキペディアの「緊急地震速報」に[要出典]ながら纏められている「問題点と対策」という項です。(↓)

この項では「緊急地震速報の算出に関係する技術的問題点は以下の通り。」と書きはじめて、箇条書きで「技術的問題点」が12個も並べられています。すべて概ね正しいと思うのですが、言葉が難しいので、少し平易にした上で私(Rx)なりに纏めていこうと思います。

1.地震計の故障・誤検知

数年に1回、大々的な誤報となるのが、地震計そのものの故障や地震波以外の「ノイズ」を誤検知して処理してしまうパターン。代表例を挙げます。

(1)2013/08/08 奈良県 M7.8

よもや「南海トラフ巨大地震」かと見紛うほどに広域(新潟~九州)を対象とする緊急地震速報(警報)が発表された、2013年8月8日の事例は、夏の甲子園を開催中の夕方16時56分に起きました。

NHKでは「阪神甲子園球場」が揺れていないこと、ウェザーニュースでも、当初は危機感を前面に出してアナウンスするも、その後の動向を冷静に処理していました。

同時刻に和歌山県北部(M2.3)の地震が発生してましたが、実際には震度1以上を観測した地点は無く、完全なる誤報でした。原因については、当初、

「和歌山県北部の地震の発生と同じタイミングで、三重県南東沖の海底震度計のノイズを地震の揺れとして取り込んで計算した」

( 8月8日16時56分頃の和歌山県北部を震源とする地震に関する緊急地震速報について )

としていましたが、2週間後に「陸上中継局」から不正な時刻データが付与されたことによるものと伝えています。(2013年8月21日発表資料

範囲が広域すぎると誤報な可能性もありますが、南海トラフ巨大地震では、実際にこれ位の範囲への警報発出が予想されることは抑えておきましょう。

(2)2016/08/01 東京湾 M9.1・震度7

2016年に首都圏を中心に大きな話題となったのが「東京湾」の誤報でした。一般向けには発表されず、高度利用者向けのみだったのですが、ケータイに情報が届いたり、私鉄などが緊急停車したことなどで影響が出ました。

何よりインパクトを残したのが、その内容がM9.1・震度7だったからです。首都圏が震度7に覆われる様は、首都直下型地震の襲来を思わせました。

実際には、“キャンセル報”が15秒後に出され、「ウェザーニュース」などは適切に「誤報」であったと対応されたのですが、メールなど一度発信したものを取り消すことが困難なものは“続報”を送っても読まない人はいますし、或いは電車の緊急停車をストップすることは却って危険を伴うでしょう。

『原因は落雷による観測点の電源部の故障』ということで、地震波以外のものを誤って処理したことによるものですが、こういった事象は必ず起こりうるものだと認識することがまずは大事そうです。

2.人為的なミス

地震計、処理装置のプログラムミスなどにより、誤った算出値を発表する可能性がある。

  • 2007/09/01 - 墨田区による緊急地震速報のメール配信システムの登録者約5,000人に、配信を委託している会社のミスによりメールが誤送信。

  • 2008/07/14 - 一観測点の地震計における加速度基準の設定ミス。設置以降1度も点検されず、高度利用者向け緊急地震速報の加速度基準を本来の「100gal以上」ではなく「10gal以上」と誤設定していた。

  • 2009/08/15 - 地震計設置業者が、不要なはずなのに緊急地震速報までソフトウェアを更新してしまい不具合。本来の約20倍の強さの揺れのデータとして伝わり、一般向け緊急地震速報が発表。キャンセル報も出されず、ホームページなどでの詳細説明に留まったため混乱が拡大。

など、単純な人為的ミス(プログラムミス含む)によって誤報となるケースも時折見かけられました。

3.2つ以上の地震を統合した警報の過大予測

複数の地震の地震波を同時に観測すると、同一の地震と判断して処理を誤り、過大な規模を算出する可能性がある。
(↓)各事例は、Wikipedia にリストアップしてくれています。

これは、特に「東日本大震災」直後、緊急地震速報の精度が大幅に悪化した時に話題になったパターンです。
ほぼ同時刻に発生した複数の地震を「1つの地震による地震波」として計算してしまい、警報を過大予測してしまったケースです。

(1)2011/03/12 長野県北部地震

長野県「栄村」で最大震度6強を観測した一連の地震では、中部地方と東北地方で同時刻に中規模の地震が発生したことで、警報がかなりブレました。

その結果、最も震源要素が外れたのが、午前4時32分の地震です。確かに、長野県北部などで烈しい揺れは観測していたのですが、震源位置が大きく異なったため(栃木)、震度4以上の範囲が極めて広くなってしまいました。

明け方に、伊豆諸島や石川、静岡県まで緊急地震速報(警報)が発出されることに。

実際の震度が4以下なのに最大震度6強などと予測した例は2011年6月までに6例あるなど、大規模な誤報が頻発しました。

2011年夏にシステム改修が行われて、かなり精度は改善しますが、それでも時折同様の過大予測は発生しています。

(2)2016/04/16 熊本地震

2度目の震度7を記録したM7.3の地震では、熊本県益城町付近だけでなく、大分県にかけても震度6弱相当の揺れをもたらす地震が発生。それに伴い、熊本県と大分県で、同時刻にそれなりの規模の地震が発生する事例も起きました。最も大きかったのが、2016年4月16日午前11時29分の事例でしょう。

震源は海域(日向灘)と予想され、九州全域+中四国にまで警報が発表。

M3.0前後の(極)小規模な地震が2つ同時刻(3秒差)で起きたのですが、これを1つの地震として計算した結果、(大分・宮崎県境付近の)日向灘を震源とし、M6.9で最大推定震度6弱~7程度として警報が発表されました。

(3)2018/01/05 茨城県沖

他にもややレアな所では、茨城県沖と富山県西部を震源とする(どちらもM4クラスの)地震が2.6秒差で発生をし、地震から19秒後の第4報で、M6.4・最大推定震度5強に跳ね上がって警報が発表された事例もありました。

偶然、震度3の地震が全く離れたところで発生することも、時としてあり得ると思います。そうした場合には、どちらも小規模だったとしても、結果的に警報が発表されてしまうことも出てくるようです。

4.災害などで通信網が途絶し空白地域が出る例

地震被害やその他の災害などによって通信線切断や観測施設への電力供給が途絶え、地震計がデータを送れなくなった場合はその地点が空白地帯となり、地震発生から揺れを感知するまでの時間が長くなる。

(1)2011/03/11 東北地方太平洋沖地震

そうそう例があっては困るのですが、例えば2011年3月11日、東日本大震災が発生した当日を振り返っていきましょう。

最大震度5弱以上という地震が震度データベースによれば14回起きており、「緊急地震速報」が2桁回数出されていてもおかしくない3月11日・当日。しかし、発表されたのは僅か3回(出された3回も適報とは言い難い内容)でした。

私は「大津波警報」への備えを優先して発出を自重していたのかとも思っていたのですが、単純に東北・関東地方の震度観測網が壊滅的に被害を受けていたことも影響していそうです。

何と言っても、15時15分に起きたM7.6(最大震度6強)の地震が「緊急地震速報」を発表されず、なおかつ大津波来襲の時間帯と重なったこともあり、テレビでも殆ど報じられることがなかったことは、「4.災害などで通信網が途絶し空白地域が出る例」の最たる例かと思います。

2018年、北海道厚真町で震度7を観測した「北海道胆振地方東部地震」ではブラックアウト(全島停電)が起きましたが、中規模地震が少なかったこともあり、影響は限定的でした。

しかし、今後発生が予想されている巨大地震(以上)の大災害においては、緊急地震速報が満足に発表できない事例が再発することを覚悟しておいた方が良いかと思います。

※ネット上では、「関東大震災」の再現動画などもありますが、あそこまで連続して震度7クラスの地震が起きてても、緊急地震速報をスムーズに発表することは困難かと思われます。

5.観測網の粗い地域でのロス・誤差

  • 観測網の整備状況が原因で、観測点の間隔が広い地域では地震発生から揺れを感知するまでの時間が長くなり、猶予時間が短くなって間に合わない場合もある。離島における地震や、海溝型地震でこの傾向が強い。

  • 宮古島や鳥島などの離島などは海底震度計がないため、過大・過小評価してしまうことがある。

( 気象庁ホームページ > 知識・解説 > 地震・津波の観測監視体制 > 震度観測点 )

こうしてみると、伊豆・小笠原諸島や南西諸島の陸地の観測点は島に沿って設置されているだけなので、震源の位置よっては誤差が大きくなるのは視覚的にも理解できます。

(1)2020/07/30 鳥島近海(M5.8・震度0)

実際の震源は「鳥島近海(★)」だったのですが、観測網の分布から震源が「房総半島南方沖」(M7.3・5強)と推定されたこともありました。

これももし実際に起きていたら、関東地方が大きく揺れ、津波の心配もありましたかね。

震度を過大に予測した原因は、本来の震源とは異なる房総半島南方沖に震源を推定し、 そこから800㎞以上離れた小笠原諸島の母島観測点で観測されたデータを用いたことにより、 地震の規模をマグニチュード7.3と過大に推定したためです。
この対策として、マグニチュードの算出には、震源からの距離が700km以下のものを使用するよう改善します。

( 緊急地震速報の緊急的な改善策の実施について )

土地柄をプログラムに反映・修正させていますが、こういった想定外の観測結果によって、誤計算され、誤報が出ることもあり得るそうです。

(2)2021/12/09 トカラ列島近海(M6.1・5強)

トカラ列島近海での群発地震については、(↓)の記事をご参照頂ければと思いますが、その中での最大の規模だった地震では警報が出されました。

一般向けの警報が出されたのは第4報でしたが、その前に2度、大きく震源要素がブレたタイミングがありました。第1・2報は「M8.0」、第3報は「M7.0」で、震源は遥かに西北西側に推定されていました。もし仮にこれが発生していたら津波への警戒も必要だったでしょう。

「M8」と出たのは4.7秒、「M7」と出たのは0.8秒ながら、それを見た人はビビったはず。

(3)2022/01/04 父島近海(M6.1・5強)

1例目と似ていますが、結果的に的中に近い警報となったのが「父島近海」の事例です。2022年1月4日(お正月ないし仕事初めという方も多い時期)の早朝6時過ぎに発生した地震で、最大震度5強を母島で観測しました。

この地震は、震度計が数える程度しかない小笠原諸島のすぐ近くで発生したこともあり、マグニチュードが大きくブレました。第1報はM6.1でしたが、その後、M6.9→M7.5→M8.5にまで広がり、最大M8.5の予測に基づいて警報が発表されました。(網掛けの部分)

その後、16秒掛け「M7.4」に若干は下方修正されますが、震源の深さ10kmと合わせ、震源要素は実際の値とは乖離が大きく、この値だけを見れば津波が発生してもおかしくない状況といえます。
なお、マグニチュードや深さは大きく乖離したものの、「震度」の予測は、偶然「小笠原:最大震度5強程度以上」と一致しました。(勿論、小笠原の両島には警報は間に合っていなませんが、予報は間に合っていました。)

地形上、観測網が全国的でも最も粗い地点の一つである小笠原で起きた地震ということもあり、伊豆や本土の震度計のデータを参照しつつ情報を発表したため、本州で起きる地震よりも「地震情報」や「津波ナシの情報」の発表に時間を要しました。
しかし地形的に、この程度のロスや誤差は致し方ないところだと思います。

※気象庁記者会見で地震津波監視課長が『大変素晴らしい』と評した様に、地震が起きたら、海の近く住む方は「津波の発生を第一に考え、迅速に行動する」。このことが小笠原の方々は徹底されていました。今一度、津波情報を待たずに行動を始めることの重要性を再認識する事例だったと思います。

6.直下型地震では致し仕方ないところ

原理上、震源に近い地域ほど、発表から揺れまでの猶予時間が短く、間に合わない場合が生じる。現在の観測網では、震源の浅い直下型地震で、大きな揺れに見舞われる地域では、緊急地震速報の発表に間に合わない(速報受信と大揺れが同時、若しくは大揺れが始まってからの場合もある)。

( 日本語版ウィキペディア )

「緊急地震速報」は予知をするものではなくて、実際に観測された地震波のデータをもとに瞬時に計算するものです。ですから、特に浅い地震などで、震央に一番近く、揺れが最も大きくなりやすい地点のデータを最初に使って全国に発表されるものなのです。

もちろん、最も揺れの強い地域に間に合うシステムがあれば良いのですが、それは“無い物ねだり”でしょう。
「揺れに間に合わなかった」という苦情を見かけることがありますが、貴方の地域のデータを元に速報を発表させてもらったのだから、現代技術の粋を結集させたシステムでも、流石にそれは無茶なお願いという事になります。

以下、私の作った記事にもある様な、顕著な地震などを例に見ていきます。

(1)2008/06/14 岩手・宮城内陸地震

地震波検知から4.5秒後に警報が発表され、宮城県側や盛岡・仙台市に何とか間に合ったという格好でした。一般向けの運用後の初の事例は適報でした。

(2)2011/03/12 長野県北部地震

「栄村」で最大震度6強を観測した事例では、緊急地震速報の精度が大きく低下する中でしたが、地震波検知の3.6秒後には周辺各県に警報を発表しています。もちろん、震央付近には間に合っていませんが、致し方ない所です。

(3)2011/03/15 静岡県東部

その3日後に起きた「静岡県東部(富士宮市)」の地震でも、6強を観測した富士宮市内の2地点を始め、震度5クラスの地域には間に合いませんでした。しかし、関東地方や静岡市内には概ね間に合っており、一定の注意喚起は出来ていたと思われます。

(4)2011/04/11 福島県浜通り

震災の翌月に起きた「福島県浜通り」を震源とする大地震では、福島・茨城県境付近に主要動が到達するとほぼ同時に、警報が発出。東北・関東一円には警報が間に合いました。

(5)2016/04/14 熊本地震(1回目)

1回目の震度7を観測した「熊本地震」では、第1報で警報が発表されて、九州全土に警戒が呼びかけられました。益城町や熊本市には間に合いませんでしたが、その他には十分間に合うタイミングでした。

(6)2016/04/16 熊本地震(2回目)

本震ともいえる4月16日深夜の地震でも、第1報で警報を発表した上、直後に続報を発表し、中・四国にも警報を発表。地震の規模を思えば適切な内容だったと思います。

(7)2018/09/06 北海道胆振地方東部地震

第1報から警報まで数秒あったため、揺れが強かった地域にはギリギリ間に合わなかった格好ですが、札幌・旭川・函館といった辺りには、何とか警報が間に合った感じでした。

以上のように、震度6強以上を観測するような顕著な内陸地震では、流石に震央付近では間に合いませんが、その周囲にはほぼ適切な内容の警報を発表しています。

上に書いてきたような「誤報」なこともあろうかと思いますが、そんな弱点もある中、もし適切な警報だった場合、そのリスクは計り知れません。発表された場合は、必ず身の安全を確保するよう改めて徹底しましょう!


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