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見るなの鏡 - 視線

気丈そうにみせてはいたけれど、
彼女は確かに怯えていた。

書類から視線をあげると、その瞬
間、彼女は震えたようだった。

僕は胸の中で自分に舌打ちをした。

「無理なさるようなことはなさら
ないでくださいね」

彼女は頷いたようだった。

「信じることが出来ないとしても無
理はないと思います。でも、せめて
わたくしどもを信用してください。」

ぱたりと調書を閉じた僕は、定型
句を口にした。

彼女は震えながらも、小声で感謝
の言葉を繰り返した。

…世界の歪みはいつしか際限なく
広がり続け、心の隙間の一番弱い
部分を狙い撃ちするかのように、
その悪意を撒き散らしはじめた。

「先輩は、本当にあの子たちの
いうことを信じているんですか?」

先月配属されたばかりの新人女性
捜査官は、そういうと淹れたての
珈琲を僕の前に置いてくれた。

「姿のない、視線だけの存在に狙
われているなんて」

「君もいずれ、わかるよ。」
「?」
「嫌でもね」
「……はい」

判っていても、口にしたくなる言
葉は確かにある。

「僕たちが信じなければ、あのひ
とたちは崩れるよ…」

…僕は後輩に見えないように、手
のひらを握り締めた。

そうだ。
せめて僕たちだけでも、彼らの砦
にならなければ。

『お前はわかっていたんだな…僕
がこの道を選ぶことが』

玲瓏とした微笑みが見えたような
気がした。

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