メンバーがいません
ワンタッチで人との交流を閉じることのできるこの時代
僕もツイートの先にいる人のことなど正直イメージできないし、面と向かって言えないことをスクリーンに殴りつけることもある
でもそこに人はいる
相手の気持ちを考えろなんていう話をするつもりは毛頭ないけど
面と向かわないだけで人を人と思えない僕らの脳のメカニズムには興味がある
①僕らは貧困に喘ぐ人間がいることを教育によって理解している
②僕らは生活に必須ではない「あまり」の現金を持ち合わせている
③「あまり」の現金で飢えている人を助けられることを教育により理解している
④僕らはその「あまり」でチョコレートを買って食べる
さあここで問題です
目の前に飢えた人が横たわり、こちらを見ていても「あまり」でチョコレートを買いに行く日本人は何%いるでしょうか
メンバーはいません
本当に言葉通りいないのか?
そこに人はいないのか?
SNSの消費的な出会いや感動
サブスクによるカルチャーの便宜的なリース
ボタンのオンオフで切り替えられる人間との交流
たまに僕は恐ろしくなる
今後は僕のように恐ろしくなることすらない人たちで社会が構成されていく
恐怖心の欠けた心は躊躇わずに僕の想像もしないような道に人間を進ませるのだろう
ますます便利になっていく世の中で
僕はどこまで恐ろしさを持っていられるのだろうか
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