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少年の贈り物(短編小説)

1980年代
バブル経済で傍に湧く日本経済
男女雇用機会均等法が話題となり時代は
大きく雄叫びを挙げていた。
真っ赤な口紅と統一ブームメントのロングヘア
の女性が曲線美を誇らしげに惜しみなく魅せる
時代。世に出す高価な品が着々と準備されていた。

 「おーい、伊達さんこっち来て〜」

期待も違和感も無く淡々と手招きに向かった。

「あのさ、山口さんが体調崩して暫く休暇
          する事になったから。
急で悪いけれど、明日から◯◯百貨店に
     入ってくれないかな。宜しくね。」

私は入社2年目で、何となくやり過ごす日々を送っていた。
手渡された入店許可申請の書類にも大した反応
も出来ない自分がいた。

「あの...。期限はいつまでですか?」

「あ、期限ね。一年だけ。新店舗を近く
 用意してあるから。それまでね。宜しく。
 我が社のサロン部門はこれから大きく飛躍
 する事となる。
 ワクワクするね。
 君もその歴史のページに参加だ。」

軽い。軽過ぎるお達しに言葉も出ないかった。
心の中のぼやきが出ない様に注意。

そして着任の日々が始まる....
百貨店の入り口を飾る化粧品売り場の饗宴は
誇り高き香りが漂う。
そんな素晴らしき夢の空間の隅のカウンターに
用意された私1人の仕事場。

両手を左右に伸ばした長さと同じサイズのケース
の中には化粧品。
毎日、毎日、1つずつ丁寧に拭く。
ケースはいろんな角度から眺めて拭きあげる。
指紋など許されない世界。

売り場は舞台。
世界中の舞台を検索してもこれだけの視線を
一日中あびる舞台は無いと思う。
売り場の人の影の努力で成り立つ舞台。

自分もその中の1人であると自覚を持ち仕事と
向き合うが、一つしか無いケースの大きさの
意味を痛い程知る。

一日中涼しい微笑みを絶やさず、周囲とも調和
を保ち勤務しても売り上げがチップ300円。
1日の売り上げがジュース3本分の日が普通に
あった。
まさかの0の日もある。
別名はお饅頭の日。 美味しくは無いが....。

叫びたくなる苦痛が襲う。
無駄にしない意識が奇跡を生む日は沢山売れる。

今日は母の日....
ケースの下で悲鳴をあげる自分の足と戦いながら
顔を上げると、遠くに見えた少年と目が合う。
一直線に繋がる目線。

少年の身長はケースにギリギリ顎が付く程。
左手でケースを掴み、右手でビニール袋いっぱい
に入った小銭を乗せた。
迫力は体の大きさを感じさせなかった。

 「 クリームください 」

小さなお客様のご注文は一言だった。

 「 商品のお名前はわかりますか? 」

無言に対応するマニュアルは習っていない。
不安を与え無い様に笑顔を意識する。

笑顔が奇跡を運ぶ瞬間が来た...

 「  お母さんにクリーム買ってあげるの。
   弟はお婆ちゃんと家にいてる。
   お小遣いで買うの。
   これで買えますか?   」

恥ずかしい程ダサい毎日を過ごしている自分
に、背伸びをしながらケースの上に乗せた小銭
の音に美し過ぎる優しさが心に沁みる。 
絶対に力になりたいと誓った。

 「  触ってもいいですか?」

ビニール袋をしっかりと握り締めた小さな指を
ゆっくりと解いていく。指の強さは母への想い
と、緊張感を語る様だった。

 「 まずはお金を数えようね。」

華やかな売り場の隅で、ビニール袋を握る事から解放された手を笑顔で振る少年と差し出された小銭と向き合う。

 「  2、4、6、8、10、、、」

数えながら積み上げる小銭を横目で見ながら
該当商品の候補が頭に過ぎる。
万一、足りなかったらどうすれば良いのか。

自分の財布からそっと足してあげれば良い
のか、仕事として向き合い説明をしてお帰り
いただけば良いものか、追い詰められ汗ばむ
自分がいる。

 「 6、8、10、、。 あ....。」

ビニール袋の中に10円玉が2枚見えた。

 「   やった。買えるよ。買える。」

どんなに小さなお子様でもお客様である。
そんなマニュアルも忘れて、弟に話す様に
叫んでしまった。

 「 買えるの?ね? やった。」

小さなため息と一緒に静かに一声を上げながら
目線は立体感の無くなったビニール袋の中。

 「 こちらのクリームが買えますよ。
                     こちらでよろしいですか。」

小さく力強く頷く少年に20円の入ったビニール袋を渡した。

 「   プレゼントのリボンしようね。」

喜びの伝染かマニュアル接客用語を脱ぎ捨てを自分で許してしまった。
ラッピングを待つ少年は高さのある椅子に座り足をぶらぶらと遊ぶばせていた。

 「   お待たせ。出来たよ。」

顔いっぱいの笑顔が答えてくれた。
少年の小脇に手を添えて椅子から下ろして
リボンのついた紙袋を渡した。

 「 本当に1人出来たの?  」

 「   うん。本当だよ。
   あの扉から出て右にグワーンと行くの  」

少年の返事に自分を重ねてしまった。
この年齢でこれだけの勇気が自分に持てただ
ろうか。

 「  お姉ちゃん、ありがとう。」

 「  ありがとうございました。
           また来てね。」

何度も何度も振り返りてを振る少年。
物を販売する事が苦手な自分に、先の未来で
自惚れた時に思い出すお守りを貰った気がした。

一品一品に物語がある。
品を届ける事。販売する事。
現場に立つからこそ学べる事を教えてもらった。

少年は大人になりリボンのついたプレゼントを大切な人に渡す紳士になっているはず。

遠くから伝えたい。
おめでとうと、ありがとうの言葉。

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