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友達が親を亡くしたら【#あの選択をしたから】

『お母さんがね、死んじゃったの』
 しばしの沈黙の後、沙紀ちゃんは震える声でそう言った。

 ある冬の夜、ぼんやりスマホを見ていたところ、突然、友達の沙紀ちゃんがLINE電話をかけてきた。彼女から電話が掛かってくるのはあまり無いことなので嬉しく、ウキウキしながら話していたのだが、様子がおかしい。色々聞いていくと、結局、彼女は冒頭の一言を口にした。

 それを聞いた時、私はなんと言っていいか分からなかった。何か言いたいのだが、言うべき言葉が頭の中に何ひとつ見当たらない。でくの坊になったような気がした。

 だって、大好きな友達と話すつもりでいた私には、親を亡くしたばかりの友達を気遣う友人のペルソナは準備が無い。準備しようと思ったことが無い。

 自分の体験は参考にならない。私の脳裏を、今まで見てきた小説、ドラマや漫画、映画の記憶が総動員されて走馬灯のように駆け巡った。

 このような時の反応で正しいのは、最大限に深刻で気遣う態度のはずだ。

「……えっ、そうなの? いつ?」
 私は少し声の調子を深刻なものに変えて、なんとかそう言った。

『一昨日……』
「一昨日!? えっ、じゃあ、今、大変なんじゃない……えっと、お葬式とか……」
『病気で、前々から分かってたから、そんなに。葬儀はさっき終わったの。大丈夫』
「そうなんだ……でも、疲れてるんじゃない? 話してて大丈夫?」
『うん』

 そこで、ズッ、と鼻をすする音がした。足音も一緒に聞こえてくる。

「今、どこにいるの? 外?」
『家の周りを歩いてるの。家にいるとね、色々考えちゃうんだ』
「色々……」

『お母さんにね、あんまり優しくしてあげられなかったから。あの時ああしてあげたら、とか、どうしてあんなこと言っちゃったんだろう、とか、そんなことばっかり考えて、後悔しちゃうの。後悔が止まらないの。なんでかなあと思って。YeKuイェクちゃんに聞いたら、分かるかなあと思って』

 私は電話越しに天を仰いだ。

 沙紀ちゃんは私を何だと思ってるんだろうか。すべての答えを持っているスーパーAIじゃないんだぞ。

 でも、彼女は正しい。もし質問を額面通りに受け取るなら、私は彼女の質問に答えることができた。

 悲嘆グリーフのプロセスというものがある。ドイツの哲学者、アルフォンス・デーケンが分類した、家族など大切な存在を失った時に人間が衝撃を受け、立ち直るまでの12段階のプロセスだ。

 ここで詳細は割愛するが、「後悔」は第6段階目の「罪意識」に相当し、過去の行いを悔やんで自分を責め、うつや自殺などに結び付くこともある段階である。

 彼女は今この段階にあり、その後、抑うつ状態などを経て、あきらめや受容の段階に至り、立ち直るという経過をたどるだろう。

 だから結論としては、後悔の念があっても耐えるしかない。近しい人を失った時、生前どれだけ完璧にやったって人間は後悔をやめられない。それは彼女だけじゃなくて、誰であっても同じだ。

 それをスーパーAIよろしく、懇切丁寧に説明することはできる。

 私にはいくつかの選択肢があった。

 一つには、理路整然と今の状態と今後たどるであろう経過について説明し、安心させることだった。

 そしてもう一つには、ただ寄り添って話を聞くということだった。

 沙紀ちゃんは本当に答えが聞きたくて電話してきたのか? ただ心細くて、あたたかい気持ちを分けてほしくて電話してきたんじゃないか?

 でも、そうだとして……その相手によりにもよって、私を選ぶか? という疑問はあった。私は自分の人間性の薄さにコンプレックスがある。高度な「察して文化」は苦手だ。ロジカルじゃないもん。

 でもせっかく頼ってくれたのだから、彼女に私のことでまで後悔させたくない。私はいくつかのロジカルな選択肢に手を伸ばすのをやめて、自分に対し「全力で、寄り添え」と命じた。

 声の調子をあたたかいものに変える。

「そっか。後悔は、しちゃうよね……お母さんのことが大好きだったんだね」

『……大好きだったのかなあ。もっとお母さんが元気なときに、会いに行けば良かったと思っちゃって』

「ぜんぜん、会いに行かなかったの?」

『たまには行ってたけど、病気のお母さんを見てるのも辛くて。最後はもうほとんど病院で寝たきりだったし……』

「たまにでも、お母さん、来てくれて嬉しかったんじゃないかなあ。こんなに後悔してくれる、いい娘がいて、お母さん、幸せだったんじゃないかな」

『私、全然、いい娘じゃなくて……』

「こんなに後悔しちゃうぐらい、お母さんのことが大好きだったなんて、それだけでいい娘だよ。沙紀ちゃんが優しい、いい子なのは私が一番知ってるよ」

 沙紀ちゃんの声はどんどん水っぽくなっていき、もう立ち止まってしまっているようだった。また鼻をすする音がして、彼女は「ありがとう」と言った。

 「ううん」と答えてしばらく沈黙してから、話題を変えた。

「沙紀ちゃん、ちゃんとごはん、食べられてる?」

 悲嘆のプロセスのうち罪意識の段階にいる人は、うつ症状を呈して食欲・睡眠欲に欠けることも多いので確認した。

『ごはん……うん、ごはんは食べてる』
「そっかそっか、ちゃんと寝てる?」
『うん、睡眠も取れてる。昨日はちょっと準備とかで忙しくて、寝不足気味だけど』

 まあ彼女は兄妹も多いし、一人暮らしじゃないのであまり心配はいらないと思うが、自死やそれに向かうような兆候は無さそうなので安心する。

「ずっと外にいるの? 寒くない?」

『うん、30分くらいかな……家の周りを少し歩いてるだけだから……寒くないよ、大丈夫』

「そっか。でも冷えちゃうから、今日は少し、あたたかい飲み物でも飲んで早めに休んだ方がいいかもね。その……バタバタして、疲れたでしょ?」

『そうだね、あんまり感じないけど、疲れてる……のかも。そうだ、家に美味しいハーブティーがあるから、帰ったら飲んでみようかな』

 少し彼女の声が明るくなったので、私は安心した。

「今度落ち着いたら、一緒にアフタヌーンティーでも行こうよ。それで良かったらお母さんのこと、色々聞かせてね」

 故人の話を誰かにすることで自分の中で整理できる場合があるので、私は様子を見ながら、彼女からお母さんの話を聞こうと決めていた。

『うん、ありがとう。急に電話して、長々話しちゃってごめんね』

「ぜんぜん大丈夫だよ。むしろ私に電話してくれてありがとう。また辛くなったり、何かあったらいつでも電話してね」

 それから少しやり取りして、電話を切った。

 私は全精力を使い果たしてベッドに横たわった。電話口で彼女が泣いているのにつられて、私の目にも涙が浮いていた。今後友人として私がやるべきは、彼女が悲嘆のプロセスを最後まで進めるよう見守ったり、必要に応じて手を差し伸べることだろう。それにしても、今の電話は難易度の高いミッションだった……。

 つたない寄り添い力をなんとか発揮してやってみたが、我ながら下手だったなと思う。私はこういうことがもっと上手な人をいくらでも知っている。母性的な対応は、本当に難しいしできる人を尊敬する。

 その後、私はこまめに彼女とやり取りしたり、お茶に行ったりして、なんとか少しでも彼女の支えになれるよう努めた。

 「あの選択をしたから」どうなったなんて、後々になっても分からないことだってある。私にも、この時の対応が正しかったのか、最適だったのか、いまだに確信は無い。そもそもの、彼女が取った「私に電話する」という選択肢が正しかったのかどうかも分からない。彼女は後悔しているかも……。

 でも人間に出来るのは、「きっとあの選択は正しかった」と思って、正解になるよう行動していくことだけなんだと私は思う。今回の場合は彼女と私の努力によって成り立つ、友人関係という名の正解だ。


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