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手直し前の卒業論文②

「少女マンガの面白さとは何か?
 〜マンガが文明となりえる時代の一考察〜」

第一章 少女マンガの歴史

 少女マンガの歴史をざっと追うのにふさわしい文献があったので、第一章ではその文献である「20世紀少女マンガ天国」を引用して歴史の概略を辿りたい。

20世紀少女マンガ天国P6〜P9
【50年代〜60年代 少女マンガの黎明期】
○手塚治虫
 少女マンガの始まりは、やはり手塚治虫だった。1953年より少女マンガの始祖とも言うべき手塚治虫の「リボンの騎士」が連載されて人気を得るようになる。手塚はその後もストーリーマンガのパイオニアとして、少女マンガにも多くの作品を発表し続けていく。宝塚歌劇団と、ディズニーアニメなどの外国映画などの要素を取り入れた。手塚以降は一流の男性マンガ家たちが少女マンガを描くと言う状況がしばらくの間続く事になる。当時の少女マンガの主なヒット作は、ほとんど全て男性マンガ家達の手によるものだった。石ノ森章太郎の「竜神沼」、赤塚不二夫の「ひみつのアッコちゃん」、横山光輝の「東京プリンセス」「魔法使いサリー」、つのだじろうの「ルミちゃん教室」など、50年代後半から60年代半ばにかけて、彼ら男性マンガ家達はストーリー少女マンガの黎明期を開拓した。

○女性の手による少女マンガの誕生
 女性のマンガ家という存在そのものが以前異例であった時代、当時の代表的な少女マンガ雑誌である「少女クラブ」「少女ブック」「少女」「少女の友」各紙における女性マンガ家を育てようという気運の高まりによって、次第に女性マンガ家達の作品が紙面を飾り始める。
 その中でも、手塚の流れを汲んだ本格的なストーリー漫画を描く女性作家の第一号は水野英子になるだろう。60年に「星のたてごと」でヒットを飛ばした水野英子は、デビュー当初、男性作家のペンネームだと思われていたと言う。それぐらい、作品のレベルが高かったのだ。水野英子と並んで人気だったのは、貸本マンガの世界で活躍していた、わたなべまさこと牧美也子。彼女達は貸本から「少女ブック」「少女」などの雑誌に活動範囲を広げ、男性マンガ家達にまじって活躍し始める。わたなべまさこの代表作である「ガラスの城」、牧美也子の「白いバレエぐつ」「マキの口笛」などは、いずれも雑誌掲載で人気を得た作品である。水野英子・わたなべまさこ・牧美也子を中心に、女性の手によるストーリー少女マンガが次々に生み出されていくようになる。3人の活躍に続く形で、細川知栄子・西谷祥子の手によってヒット作が生まれた。
 これらの作品は、以前少女雑誌で掲載されていた、センチメンタルなお涙頂戴的なドラマ性を持った少女小説ではなく、手塚治虫が作り上げた、顔も舞台もどこの国のものかはっきりしない無国籍ロマンを継承していた。そして現実の世の中が西洋化していくのと同時に、少女マンガも舞台を日本に置き換え、西洋化した新しい価値観に基づいたストーリーを語り始める。

○変動する社会状況と新たな才能の登場
 この当時、貸本マンガでの少女モノ人気に押される形で、月間少女雑誌の不振が目立つようになってきた。月間少女雑誌が週刊少女雑誌の部数を下回るようになったのだ。光文社の「少女」は61年に休刊。「少女クラブ」は「週刊少女クラブ」に引き継がれる形で62年に、「少女ブック」は「週刊マーガレット」に引き継がれる形で63年に次々休刊した。時代の主流は週刊マンガ誌と、年少向けの「りぼん」「なかよし」に移っていった。そこでは貸本マンガから移ってきたマンガ家達や、雑誌のコンクールを契機にデビューした新人達が、少女マンガの前進に向けて動き始めていた。
 60年代前半には、青池保子・樹村みのり・里中満智子らが雑誌デビュー。後半には、大和和紀・池田理代子・美内すずえ・竹宮恵子・大島弓子・一条ゆかり・木原敏江・山岸涼子・庄司陽子、そして萩尾望都らがデビューしている。70年代の少女マンガ黄金期を築き上げるマンガ家達が続々と頭角を表し始めたのである。
 また、60年代後半には東京オリンピックの開催に刺激されて、少年マンガで流行しつつあったスポ根の要素を取り入れた、浦野千賀子の「アタックNO.1」、望月あきらの「サインはV」、細野みち子の「金メダルへのターン」などのヒット作が生まれている。このようにして、少年マンガの枠組みを基盤にし、時代の潮流や流行といった様々な要素を取り込みながら、若い才能達の注力によって、少女マンガは一つのジャンルとして形成されていった。

20世紀少女マンガ天国P14〜P17
【70年代〜少女マンガの黄金期】
○少女マンガの確立と地位向上
 少女マンガの本当の意味での自立は70年代に始まる。幼い頃からマンガを読んで育ってきた団塊世代の女性達が、60年代後半から70年代前半にかけて、次々とデビューしていった。その代表が所謂「24年組」と呼ばれる作家達だ。昭和24年前後に生まれた、新しい感覚を持って少女マンガを変革した作家達を総称してこう呼ぶのだが、24年組というと必ず名前が上がるのが、萩尾望都・竹宮恵子・大島弓子・木原敏江・山岸涼子である。
 また、当時萩尾と竹宮が同居していたアパートには、山岸涼子・山田美根子・ささやななえ・佐藤史生・坂田靖子・花郁悠紀子といったメンバーが集い、日夜少女マンガの未来を語り合い、互いに切磋琢磨しあっていたという。彼女達はその古い下宿屋の事を地名にちなんで「大泉サロン」と呼んだ。この他にも、樹村みのり・山本鈴美香・大和和紀・里中美智子・庄司陽子・一条ゆかり・もりたじゅん・土田よしこ等々少女マンガ好きなら知らぬ者のいない著名な作家達がデビューを果たし、後世に残る名作群を発表している。
 彼女達新進作家の活躍によって、少年マンガの亜流として生まれた少女マンガは「女性の作家が少女のために描く」という現在のスタイルを確立した。更に彼女達はそれまでどうしても少年マンガより低く見られがちだった少女マンガと言うジャンルを、少年マンガと同等か、それ以上のポジションに引き上げたのだ。それでは彼女達の作品のどこが過去の作品と違っていたのだろうか?

○リアルな表現と発見された内面の物語
 一つにはリアルな設定と、表現技法を取り入れたことが挙げられる。「リボンの騎士」から受け継がれた無国籍ロマンは、緻密な時代考証を基にした池田理代子の「ベルサイユのばら」へと昇華された。また、実在するバレエ団を舞台に、バレリーナの身体を確かなデッサン力で描いた山岸涼子の「アラベスク」は、作劇・作画ともにリアルさを追求した作品だった。
 もう一つは内面の発見とその深化である。少年マンガ的なストーリーの枠組み(正義は勝つ、勝つためには努力し続けなければならない)に頼るのではなく、少女が自分自身の内面を深く掘り下げることで新たな物語が生まれた.。大人の女でもなく、無邪気な子供でもない自分…少女とはいったい何者なのかを、作家達は手探りで探し始めたのだ。この「少女性」と言うテーマがいかに普遍的であったかは、大島弓子の「バナナブレッドのプティング」が今も全く色あせずに読み継がれていることからも明らかだろう。
 このような、自己の内面の深い追求というテーマは文学と結びつきやすく、一部の作品は文学的少女マンガと呼ばれるようになり、熱心な男性読者をも獲得した。その代表作が、萩尾望都の「ポーの一族」だ。

○次々と生み出される多種多様なマンガ
 時空を超えて旅するバンパネラ(吸血鬼)の少年を主人公にした「ポーの一族」は72年に「別冊少女コミック」で連載された。緻密に構成された、作品全体から立ち上る神秘的なムードは、それまでの少女マンガにはないものだった。上女マンガが少女の理想「なりたかった私の姿」を映す鏡だとしたら、永遠に14歳のまま生き続ける、大人でも子供でもなく、ましてや女でもない少年達の姿は、まさしく当時の読者少女達の理想であった。
 その意味で、少女マンガに頻出する美しい少年達は、形を変えた少女の表出だと言える。竹宮恵子「風と木の詩」に代表される少年愛者が多く描かれたのもそのためだ。ほとんどの作家が、異口同音に「男女の恋愛描くよりも、男同士の方が自由度が高い」と語る。つまり、男女の生々しい恋愛よりも、純粋なイメージ(あくまでイメージなのだが)が強く、男女間の恋愛のような固定観念や定まりきった形式がないだけに、独創的な作品ができると言う理由で、少年愛やホモセクシャルは、少女マンガのモチーフとして多用されるようになる。
 新たな物語が誕生する一方で、旧来のストーリーマンガをより進化させたヒット作も生まれる。美内すずえの「ガラスの仮面」や山本鈴美香の「エースをねらえ!」はスポ根ものの伝統にダイナミックなドラマツルギーを加えて、読者に強烈なカタルシスを与えることに成功した。
 伝統的なストーリーマンガに加えて、新たに生まれた女の子の性の問題や、ホモセクシャル、本格的なSFやファンタジー、歴史物など、この時期に少女マンガはあらゆるジャンルを開拓しつくしたと言えるかもしれない。それはつまり、旧来の少女マンガにおけるタブーや現実社会が規定するステレオタイプな女性像を打ち破る行為でもあった。
 従来の少女マンガの枠に収まりきらない作品群は、一部の読者に熱狂的な支持を受けたが、他方では、その完璧に構築された世界観やラディカルな思考に馴染めない層も出てくる。そんな少女達に人気だったのが、「乙女チックマンガ」と呼ばれた作品だ。

○日常への接近ー乙女チックと学園モノ
 乙女チックマンガは、ヒロインや相手役の少年達が当時流行していたアイビー・ルックに身を包んでいたことから「アイビー・マンガ」とも呼ばれた。主に「りぼん」を中心に起こったこのブームは、陸奥A子・太刀掛秀子・田渕由美子の三人を中心に盛り上がりを見せる。デビュー当時の小椋冬美・岩館真理子らも乙女チック路線にくくられていた。今読むと作風はそれぞれ異なるので、これらの作家達をひとくくりにするのは、かなり乱暴な感もある。
 彼女達の作品に共通するのは、少女趣味なファッションと、小道具として用いられるしゃれたインテリアや雑貨、恋に恋する女の子達の恋愛を扱っているところなど。近年、これら乙女チックマンガに対して、今や立派な大人になった元読者少女達からの、「主人公に主体性がない。自分から何もせず、ただ待っているだけ。古いタイプの女性像の刷り込みである」と言った趣旨の批判がある。
 しかし、多少の例外はあるものの、日常的な風景の中で、日本人の読者と同世代の子達が展開する幼い恋愛ドラマは、後に少女マンガの主流となる学園モノの系譜として、確実に形を残していく。この頃の学園モノの代表的作品は、庄司陽子の「生徒諸君!」高橋亮子の「坂道のぼれ!」「つらいぜ!ボクちゃん」など。明るく前向きな主人公が、家族や恋愛、受験について悩み成長する姿は、読者達に限りなく近い等身大の少女そのものであった。これらの学園モノ作品は、少女マンガと現実との距離を加速度的に縮めていった。華やかなフリルや王子様ではなく、学校の制服と隣の同級生が学園マンガの隆盛とともに一般化し、80年代へと続いていく。

20世紀少女マンガ天国P30〜P33
【80年代 学園モノの天下。一方でジャンルの細分化が進む】
○普通の女の子が主役の学園モノが全盛に
 70年代に人気を集めるようになった学園少女マンガは、当初非現実的な少女が主人公として登場することが多かった。資産家令嬢で美人で賢くスポーツ万能、誰からも好かれるスーパーヒロイン…。だが次第に、読者と同じ目線を持つ普通の少女達の姿が描かれるようになる。気になる学校の先生や先輩、同級生の男の子を相手にした学園モノのラブ・コメディは少女マンガの保守本流として根強い人気を獲得する。松苗あけみの「純情クレイジーフルーツ」やくらもちふさこの一連の作品はその典型で、読者ガキの桶に同級生とおしゃべりでもするかのような感覚で、共感を持って読める学園モノの代表格だった。一条ゆかりの「有閑倶楽部」に登場する、才色兼備の並外れて裕福な主人公達は、一時代前のスーパーヒロインによる学園モノのパロディーと読むことも可能だ。
 少女マンガの十八番である外国を舞台にした作品にも、どこか遠い国の王子様とお姫様が出てくる夢物語ではなく、隣の国の現実とでも言えるものが出てくるようになる吉田秋生の「BANANA  FISH」のように、ストリートギャング同士の構想をテーマに用いたり、成田美名子の諸作品のように、外国に暮らす少年の日常と成長を描くストーリーであったりと、より現実に近い設定を取り入れるようになっていった。

○少女マンガにおけるセックスの扱い方の変化
 少女マンガには必須である恋愛に対する考え方も、社会情勢を同じくして次第に変化していく。恋愛と性の問題を、ごく普通の少女の日常としてカジュアルな感覚で取り込んだのが、「セブンティーン」「mimi」などのハイティーン向け雑誌に掲載された作品だった。しらいしあいの「あるまいとせんめんき」「ばあじん♪おんど」、吉田まゆみの「れもん白書」「アイドルを探せ」などは、恋愛の要素の一つにセックスがあることを自然なものとして提示した。
 それまでの少女マンガに現れる性的要素が、ただコミカルに流されるか、反対に重くシリアスな人間ドラマでショッキングに扱われがちだったのに対して、sexを日常的なものとして扱った作品群は、性につきまとう後ろめたさや微妙な罪悪感から読者少女を解放するきっかけとなった。

○読者ニーズの多様化とジャンルの細分化
 また80年代中頃には、70年代の半ばから各地で始まった同人誌即売会=コミックマーケットにアニメの流行が拍車をかけ、爆発的な同人誌ブームが起こった。この中で一般の商業誌ではすくいあげにくい特殊な作風と斬新な感覚を持つ一部の同人誌作家達はニューウェーブ系と呼ばれた。女性では、高野文子やさべあのま、「ガロ」出身である近藤ようこや「COM」出身のやまだ紫などがこれにあたる。中でも高野文子の登場は、当時衝撃を持って迎えられた。女性である事や、老いといった重くなりがちなテーマを、ユーモアを交えてさらりとしたタッチで描いた彼女の作品が、後述するニューウェーブ末裔の作家達、岡崎京子や桜沢エリカに深い影響を与えたであろうことは、岡崎・桜沢の初期の絵柄から見て取れる。
 同人誌出身作家の作品を追い求める読者を始め、多様化した読者ニーズに答えるために、各出版社は競って新雑誌を創刊し始める。その結果マンガ雑誌の細分化が一気に進んだ。ニューウェーブ系の雑誌の他にも、70年代のブームから続く少年愛・耽美系ばかりを集めた雑誌や、ホラー映画やビデオの流行から飛び火した少女向けホラー雑誌、少女コミック読者より上の年齢層を狙ったレディースコミックなどが新たに市場に投入される。また、70年代半ばに創刊された「花とゆめ」「LaLa」は並み居る老舗少女マンガ誌の中で、“マニアに近い少女マンガ好きのための少女マンガ誌”と言う独自のカラーを打ち出して、80年代には安定した人気を誇り、山岸涼子の「日出処の天子」を始め、つい次にヒット作を生み出すまでになった。
 このように多岐に渡るマンガ雑誌が次々t創刊されたが、短命で消えるものも多かった。特にレディースコミックは、81年の「ビッグコミックフォアレディ」の創刊によって一気に広がった。レディースコミックは当初、それまでの少女マンガ誌では描く事ができなかった大人の恋愛・結婚・家庭・女性をめぐる社会的問題などを描くことを目的にしていたが、その中から女性向けのポルノ・マンガ的作品が生まれる。この流れが本来の“大人の女性向けマンガ”と言う目的を駆逐してレディースコミックの内容は、競い合うように過激なセックスを売りにするものへ傾いていった。
 しかし、過激さを標榜する表現の常として、現実が虚構を追い越していくことになる。ほんの数年前まで過激とされていた近親相姦・レイプ・SM・スカトロジーなどが過激さのための単なる“道具”にしか過ぎないものとみなされるようになり、レディースコミックの世界は早々に閉塞していく。本来の意味での“大人の女性のための少女マンガ雑誌”の可能性は、もう少し先に延ばされる。

○サブカルチャーと少女マンガとの距離
 少女マンガがセックスを普通のこととして扱い始めてからしばらく経った80年代中頃、“Hなマンガを描く女性マンガ家”達が現れる。岡崎京子・桜沢エリカ・内田春菊・原律子など。彼女達はマンガのスタイルも描くテーマもそれぞれ異なるのだが、作品に性描写が多いためか、“女の子Hマンガ家”とひとくくりにして呼ばれることもあった。これらの作家達は、純然たる少女マンガ雑誌に作品を発表する機会が少なかった事から、所謂少女マンガ家という枠には収まりきらない存在である。それゆえ、従来の少女マンガよりも、サブカルチャーに近い読者や、大人の女性、男性読者に好んで読まれていた。しかし、彼女達の多くはその作品の基本を少女マンガに倣っているし、後進の作家達に与えた影響を考慮しても、少女マンガの流れから外すことは不可能だ。特に、岡崎京子の一連の作品は、良くも悪くも“80年代的少女マンガ”として読まれるべきものである。

○岡崎作品に描かれた空虚な時代感覚
 岡崎京子の作品には、オシャレが大好きでパワフルで、消費社会を誰よりも楽しんでいるように見えて、そのバカバカしさを冷静に観察している少女がたびたび登場する。彼女達の持つ貪欲な物質主義と個人主義、若い女であることが金になるという自覚、オシャレじゃないもの(事にオタクと呼ばれた一部の若者)を徹底して排除するスノビズム、同時に、それら全てを所詮くだらないものと理解している二面性は、サブカルチャーに敏感な若者を中心に人気を得た。
 岡崎作品の現実的でさめたヒロイン像は、90年代少女マンガの一部のヒロインにそのまま継承され、90年代の徒花である“コギャル”へと、客観性を欠いた形でスライドする。軽く明るくオシャレである事が何よりも価値あることとみなされたこの時代。積極的にそれらを楽しみながらも、その空虚さを正しく理解していた少女の姿は、バブル崩壊を経ていっそう現実味を帯びる。

20世紀少女マンガ天国P46〜P49
【90年代〜 少女マンガ雑誌に新しい流れが。ヒロイン像にも変化が生じる】
○少女マンガを卒業した女性達のために
 80年代に生まれたレディースコミックスには、ポルノまがいなイメジが定着してしまい、ブームは下火になる。これによって“大人の女性のための少女マンガ雑誌”は収束したかに見えた。しかし86年に創刊された「ヤングユー」を機に風向きが変わる。
 学生やOLと言った20代以上の女性をターゲットにしたこの雑誌は、既存の少女マンガ誌ではヒロインになりづらい世代の女性達(読者層と同じ学生やOL)をヒロインに据えて、性愛一辺倒ではない恋愛モノを描くと言うのが新しかった。そこにはセックスの要素も勿論あるのだが、それまでのレディースコミックのような過激な描き方ではなく、あくまで恋愛の一部として扱われた。学園モノやファンタジー系少女マンガは流石に卒業したけれど、それでも少女マンガは読みたいという層を中心に、この傾向は支持を得る。
 読者に近い女性達ー既に社会に出て、ある程度の恋愛経験もある一般的な20代女性ーの姿をごく自然な形で描いたところが、少女マンガで育ち、一度はそれを卒業した読者にも受け入れられた要因だろう。作家の側にしても自分の年齢が上がるのに応じて、中高生の恋愛だけではなく大人の関係を描きたい、少女向け雑誌では描けなかったテーマに取り組みたいという欲求が当然出てくるわけで、読者と作り手の求めるものがうまく合致した結果とも取れる。
 90年代に入ると「ヤングユー」の成功を受けて、大人の女性を対象にした同傾向のマンガ雑誌が多数登場する。これらの雑誌で活躍している作家は、従来の少女マンガ誌から活躍の場を移してきたものがほとんどである。一条ゆかり・くらもちふさこ・岩館真理子と言った作家達が描く同世代の女性達の物語は、幼い頃から少女マンガに親しんできた読者にとって、安心して手に取れる、品質の保証されたブランド品のようなものだった。
 このジャンルの雑誌は、ヤング・レディースコミックと呼ばれることもあるが、一般的な名称はまだ定着していない。しかし、最近ではここからデビューする新人作家も増えて、少女マンガ界全体から見てもかなりの活況振りを呈している。これらの雑誌のコンセプト及び成功の理由は、「ヤングユー」と同じ集英社が98年に創刊した「コーラス」のキャッチコピー“少女マンガも大人になる”に象徴されている。今や大人になった読者達は、現実から遊離した幼い恋物語ではなく、仕事も恋も現実に則して描かれる作品を求めていたのだ。
 槇村さとるの「おいしい関係」のヒロインは、仕事と恋の両方に迷い悩みながらも、最数的には料理を作るという自分の信じた道に立ち戻る。安野モヨコの「ハッピーマニア」は、現実に起こりうる様々なタイプの恋愛をシミュレーションするかのように主人公に次々と体験させていく。

○多様化する少女マンガ家達の活動
 キャリアを積んだ少女マンガ家達は、ヤング・レディースコミックだけでなく、青年マンガ誌にも活躍の場を広げていった。「動物のお医者さん」の佐々木倫子はビッグコミックスピリッツで「おたんこナース」や「HEAVEN?」を発表。同じくスピリッツには「永遠の野原」の逢坂みえこが「火消し屋小町」を発表。「ダンディーとわたし」などのヒット作を持つ山下和美はモーニングで「天才柳沢教授の生活」を連載して人気を得て、「ハッピーマニア」の安野モヨコはヤングマガジンで「花とみつばち」を連載した。彼女達の活躍は、この手の作品が男女の別なく大人の読者に受け入れられるものである事を証明してみせた。
 また一方で、80年代から続くサブカルチャー系少女マンガの流れとして“ファッション系少女マンガ誌”とも呼ぶべき新たなマンガ雑誌が生まれる。10代の少女向けストリート・ファッション誌「キューティー」での岡崎京子や安野モヨコのマンガ連載が引き金になり、マンガ雑誌「キューティー・コミック」が創刊。同様にファッション誌「ジッパー」からは、マンガ雑誌「ジッパー・コミック」が生まれる。これらの雑誌では、南Q太や魚喃キリコ・小野塚カホリなどの作家が、大手出版社の少女マンガ誌とは一味違う斬新な作品を発表して支持を得ている。

○少女マンガに描かれるテーマの移り変わり
 大人の読者に訴える作品が増える中、少女マンガに描かれるテーマも変化してきている。
 心の問題がクローズアップされた90年代。これに呼応するかのように心身症や神経症、過食・拒食の摂食障害、性的虐待、近親相姦、多重人格、過去に何らかの超克できないトラウマを持つアダルト・チルドレン等々が、80年代末頃から少女マンガでも度々描かれるようになる。大島弓子や萩尾望都・山岸涼子・三原順ら一部の作家達が描き続けてきた問題が、広く一般に取り上げられるようになった。
 大島弓子の89年の作品「ダイエット」は、十分な愛情を得られない少女が過食と拒食を繰り返し、少女の親友とその彼氏が親代わりになって彼女を“育てる”決心をするという物語だ。“育て直し”という言葉が一般化する以前から、少女マンガは敏感に心の問題を取り上げていたのだ。
 コギャルと呼ばれる女子高生がもてはやされるようになったのもこの頃だ。少女マンガにもそれらしき人物は多く見られる。おかざき真里の「シャッター・ラブ」には、同級生のパンチラ写真をブルセラショップに売る女子高生が登場する。彼女は金のために写真を売るが、そこには友人の顔は一切写っていない。友人を売ることはしない、と言う主人公の潔い姿勢は、男を置き去りにして前に進むラストへとつながり、“従来のまず恋愛ありき”のヒロインとは異なる少女像を提示している。かわかみじゅんこの『少女ケニヤ』の女子高生は、いつもどこか気がそぞろだったり、側から見ると何を考えているのかさっぱり分からなかったりする。周囲の男性達、同級生の男の子は勿論、年齢的には立派な大人である男までもが彼女達に振り回されて、あるものは混乱し、あるものは涙を流す。まるで旧来の男女関係が全く反転してしまったようにも見える。初恋を“血がたぎる”と表現するところなど、今までになかった少女の捉え方だ。
 少女マンガの世界では、幸せが奇跡のように降ってくるのを待っているだけの女の子は、読者の共感を得られなくなってきている。田村由美の「BASARA」や、篠原千絵の「天は赤い河のほとり」のヒロイン達は自ら剣を持って戦うし、神尾葉子の「花より男子」の主人公はたった一人でいじめに立ち向かう。20年前ならばヒロインになれたはずの地味で大人しく自分から行動を起こせない少女達は、今では主人公の敵役としてしか出番がない。


 これまで長々と引用してきた通り、少女マンガは時代とともに変化し続けている。描かれる女性の姿も、彼女達が選ぶ男性像も、恋愛の形や生き方のスタイルもその時代を反映している。少女マンが時代ごとの少女の理想を写す鏡だとするならば、どんなマンガをライフステージごとに好んで読んできたかを考えれば、自分史に沿ったマンガの面白さがわかるに違いない。
 そこで第二章では自分史に沿って当時読んできたマンガの紹介をした後に、私なりのマンガの面白さについてを語りたいと思う。

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