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手直し前の卒業論文③

「少女マンガの面白さとは何か?
 〜マンガが文明になりえる時代の一考察〜」

第二章 私にとって面白いマンガとその分類論

○私自身のマンガ史
 1982年に誕生。両親ともにマンガ好きで、かの名作である「ガラスの仮面」に由来する名付けをされたこともあり、生まれた頃から家には大量のマンガがあった。また、伯父の家の2階にもマンガ部屋があり、「ノンストップひばりくん!」などに触れてきていたため、マンガは小さい頃から身近な存在だった。
 私が自らマンガを購入したのは小学校3、4年の頃だから1991年〜1992年頃だ。親友はりぼん派、親友の妹はなかよし派でそれぞれが雑誌を購入していたため、親友の家に遊びに行ったら必ずりぼんとなかよしを読んでいたものだった。りぼんでは矢沢あいの「天使なんかじゃない」、吉住渉の「ハンサムな彼女」、小花美穂の「こどものおもちゃ」にハマり、なかよしではあゆみゆいの「デリシャス」、立川恵の「怪盗セイントテール」、武内直子の「セーラームーン」にハマっていた。
 1994年に中学に上がるとりぼんとなかよしから卒業し、花とゆめとLaLaと言う白泉社の2大看板雑誌にどっぷり浸かるようになった。学校帰りに友人からやまざき貴子の「っポイ!」を借りて帰ったり、学区外の古本屋で柳原望の単行本を買い込んで帰り道の坂を夕日を見ながら降っていたなぁなどとマンガを読む度に当時の記憶も甦ってくる。当時ハマっていたのは、前述の「っポイ!」や柳原望の「お伽噺シリーズ」、樹なつみの「花咲ける青少年」、遠藤淑子や川原泉の短編集、高橋由紀の作品群、那須雪絵の「ここはグリーンウッド」などである。

 1997年に高校に入学してからも白泉社ブームは続き、麻生みことの「天然素材で行こう」、立野真琴の「そりゃないぜBABY」、成田美名子の作品群、山田南平の「大人になる方法」「紅茶王子」などを愛読していた。2000年に大学に入学してからは立ち読みの対象が幅広くなり、ヤング・レディースコミックに始まり、ジャンプ、マガジン、サンデー、ビックコミックスピリッツ、ヤングジャンプ、ヤングマガジン、ヤングサンデーなど少年向きや青年向き雑誌も読むようになったが、単行本の購入比率は相変わらず白泉社が多かった。購入していた単行本で今も連載が続いているものを挙げると、白泉社では麻生みことの「GO!ヒロミGO!」、仲村佳樹の「スキップ・ビート!」、ささだあすかの「三日月パン」、葉鳥ビスコの「桜蘭高校ホスト部」、やまざき貴子の「っポイ!」「ZERO」などがある。その他の出版社では二ノ宮和子の「のだめカンタービレ」、小川彌生の「きみはペット」、はやかわともこの「ヤマトナデシコ七変化」、和泉かねよしの「そんなんじゃねえよ」、大野潤子の「2番目のお願い事は?」、遊知やよみの「雲雀町一丁目の事情」がある。
 これらの作品群は、恋愛一辺倒ではなく主人公が苦悩しつつも自分の道を切り開いていく根性モノか、のほほんとした癒し系マンガのどちらかに分類される。マーガレット系の学園・恋愛モノには何となく馴染めなくて落ち着いた先が、ちょっとオタク層が集まると言われる白泉社だったが、確かにマーガレットなどとはマンガの雰囲気は違うけれど、ASUKAほどオタクではない。白泉社は従来の恋愛一直線な少女マンガに食傷気味になった人たちに好まれやすいマンガを出版していたように思う。

 それでは個人的マンガ史を語り終えたので今度はここのマンガについて面白いと思ったところを語りたいと思う。序章でも簡単に述べたが、改めて私が考える少女マンガの面白さを構成する7つの要素を挙げたいと思う。おそらくこの7要素こそがマンガが読者に与える効果であるだろう。

①ストーリーの面白さ
 a.先の展開がどうなるか分からない面白さ
 b.予定調和的な面白さ(結末までの過程を楽しむ)
②魅力的なキャラクター(ギャグも含む)
③絵柄
④決め台詞、モノローグ
⑤決めゴマ
 ※④と⑤はまとめてエピソードとくくることもできる
⑥リアリティー
⑦全体の世界観(=空気感)

ちなみに①ストーリーの面白さを2つに分けたのは決定的な違いがあると思ったからである。前者は実験的作品や作者の冒険心が感じられる作品、後者は「面白さ」がモード化・パターン化され、敢えてルーティンにはめ込んだ面白さである。マンガが商品として流通ラインに乗っている以上、社会的な面白さから逃れることはできない。大塚栄志が「漫画の構造」の中で述べているように、商品として読者の需要に忠実であろうとすると、マンガは社会的に面白いとされるものに確信犯的に歩み寄らざるを得ない。そのためこの2つの差は個人の感性に依存する側面が大きいと思うがご了承いただきたい。
 私の読んできた少女マンガに関して私見を述べると、どちらかと言えばストーリーは予定調和型の作品が多く、実験的な作品は少なかったと思う。だからこそ作者はその他の要素でオリジナリティーを生み出し、読者に新鮮な感情を与えてきた。その試みが恋愛一辺倒ではない少女マンガから定番の少女マンガまで幅広い種類の少女マンガが出版されているという多様化ではなかろうか?それにより時には人生を左右するほど心揺さぶられるマンガに出会うことができるのだ。その際の感動は筆舌に尽くしがたいものがある。
 
 さてここからは実際に私が心揺さぶられた少女マンガを例に挙げて7つの要素を説明していきたいと思う。

○「BELL」麻生みこと
⑥リアリティー
 この作品は掃除屋と呼ばれる仕事人のオムニバスストーリーである。第一話は鞄をひったくられて携帯を無くしてしまった女子高生に絡まれる話だが、昨年11月に私自身も携帯を水没させてしまい誰とも繋がっていない状態になった事があり、その時に思い出したのがこの作品だった。第一話では携帯を無くしてしまった女子高生の心理が非常にリアルに描かれている。
 私が携帯を水没させた時には唯一覚えているだろうと思っていた彼氏のメアドまで思い出せないと言う事実に愕然とし、その後しばらく「何で思い出せないんだろうな」と放心状態になった。私自身はパソコンのアドレスを辿って周囲との繋がりを回復し、今作の女子高生は掃除屋のおじさんに教えられて向かった先に鞄と携帯が放置されていて繋がりを回復することができた。携帯がピロリと鳴る可愛さや、誰かと「つながっている」と言う感覚。そう言う気持ちに深く共感できたからこの作品の世界にするりと入っていくことができた。

○「GO!ヒロミGO!」麻生みこと
→②魅力的なキャラクター
 この作品はケチで見栄っ張りな父の反対を押し切って上京するために日本最高学府であるT大に入学した、好戦的で本能の赴くまま生きる女ヒロミの戦いの記録である。この話にリリカルな慕情が介入する隙間はない。ひたすらヒロミが暴走して空回り、ヒデキとゴローと言う友人が尻拭いをすると言うルーティンが繰り広げられている。まさに破天荒の極みだ。ここまで自由に生きられたら気持ちいいだろうなと思わせてくれるような、読後爽快感に包まれる作品。

○「ことのは」麻生みこと
→①a.先の見えない面白さ ④決め台詞 ⑤決めゴマ
 この作品は「言葉」をテーマにしたオムニバスで、今回私は「天井桟敷の内緒話」と言う演劇部が舞台の作品を取り上げる。主人公は劇の脚本の執筆を担当している演劇部の部長である女子高生だ。この話の冒頭は主人公が書いた演目のダイジェストで始まる。死期が近づいた女の子ニコがバラバラだった家族を立て直すために八面六臂の大活躍をし、最後に「もう泣いてもいいですか?」とつぶやくと言うストーリーだ。
 そのセリフが大きな伏線になっていたことに最初のうちは気が付かなかった。主人公の女の子は好きなのに想いが伝わらない人達に対して微量の毒を込めて脚本の台詞を執筆していく。自身の人生を切り刻んで脚本を書く彼女にとって演劇は人生そのものだった。そこに誰よりも正確に脚本の意図を読み解く新入生の男の子が入部する。彼に対して主人公は微かに意識をするものの素直になれず台詞に毒を込め続ける。おそらくは自分の気持ちを分かってほしいと言う願いを込めて。そして紆余曲折を経て最後には両思いの兆しが見える。
 ラストシーンで、舞台裏で後輩の演技を見ていた主人公が「もう泣いてもいいですか?」とつぶやくコマを見た瞬間、これまで強がって生きてきた主人公の居場所がようやくできたんだなと胸が熱くなった。主人公の脚本と主人公自身の人生がリンクすると言う設定の妙にひしひしと感じ入る作品だった。

○「花咲ける青少年」樹なつみ
→①a.先の見えない面白さ ②魅力的なキャラクター
 1990年に初版が発行されたこの作品は、80年代の流れを汲んでいるのか登場人物が皆スーパヒロインとスーパーヒーロと言っても過言ではないバブリーさだった。この作品の設定自体が、世界屈指の起業家の一人娘の花鹿が父親が世界中から厳選した3人の婚約者とお互いが婚約者であると言う事実を知らないまま出会い、結婚相手を決定するゲームをすると言うものだからだ。それ故婚約者達はそれぞれにとても魅力的であった。絶滅寸前の貴族的な生活様式を貫いている魔性的な美しさを持つ美青年のユージン、ラギネイ王国の国王候補であるやんちゃなルマティー、世界屈指の企業家で切れ者で知られているカール。最終的に花鹿が選んだのは、幼馴染兼お目付役としていつも一緒にいた立人だったが、彼もまた世界屈指の企業家で世界の若かりしリーダーである迫力のある美青年だ。
 彼らも十分に魅力的だが、一番魅力的なのは他でもない主人公の花鹿である。誰もの目を引く美しさを持ち、自分の信じた道を突き進むヒロイン。その5人皆が関わるラギネイ国の内紛と恋物語を両軸に話は展開していく。恋が何かが分からないまま皆と友情を築いていく花鹿の様子をずっと見守っていたので、私は最終巻に近付くまで花鹿が誰を選ぶのか分からなかった。と同時に立人が花鹿への恋心で悩む様は1巻から描かれていた上、この婚約者選び自体が花鹿の父親が仕組んだ立人の花鹿への思いを測るためのテストだったと言う裏事情が明かされ、ここまで綺麗に伏線を回収してくれたら爽快としか言いようがないと唸らされるくらいに構成力のある作品だった。

○「美貌の果実」川原泉
→②魅力的なキャラクター ⑦全体の世界観(=空気感)
 この作者の作品に出てくる登場人物は皆マイペースでお呑気者である。美貌の果実に出てくる、父と兄を交通事故で失った母と娘もその例に漏れず、「私たちってば出来るから、ワイン農園を経営していけるもんね」とずいぶん呑気にワイン農家を2人で切り盛りする。
 そしてもう一つの特徴としてこの作者のマンガは情報量がずば抜けて多い。作者の知識が豊富なのであろう、この作品にもワイン作りのノウハウがてんこ盛りに詰め込まれている。それでも説教くさくなったり、蘊蓄が長すぎるなどと感じさせることは全く無い。その蘊蓄こそ川原ワールドの奥行きを広げるのに一役買っている存在なのだ。

○「凍鉄の花」(新撰組シリーズ)菅野文
→③絵柄 ⑤決めゴマ ⑦全体の世界観(=空気感)
 この作品の絵を見た瞬間、この絵は少女マンガの絵柄ではないと感じた。戦闘シーンのリアルさ、トーンの処理、凛とした瞳などが男性誌っぽいなと思ったのだ。その絵に惹かれて思わず単行本を購入していた。決めゴマも見事で、自分が可愛がっていた女の子が喧嘩相手の剣で斬られた後のシーンで、右ページの顔のアップでは強い殺気を、左ページの大ゴマでは強い意志と悲壮な決心を感じさせられた。作者が新撰組好きを公言するだけあって、絵柄や決めゴマだけではなく作品全体から武士としての男の生き様というものがひしひしと伝わってくる。「義」に殉じ、為すべきことを為し、潔く散る。そんな男たちのかっこよさに魅了される作品だった。

○「男の花園」桑田乃梨子
→②魅力的なキャラクター ④決め台詞 ⑥リアリティー
 この作者の最大の魅力はキャラクターとリアリティーである。この作品は、超文系男子の縁が成り行きで男子新体操部に入部してから起こるドタバタコメディーだが、5人の先輩達のキャラが立っていて「あぁこんな人いるいる」と思わず頷いてしまうような微笑ましさに溢れている。
 縁の大学生活自体も、勝手に居候してしまう先輩がいたり、すぐさま飲み会会場にされてしまう居住環境だったりと、大学生活を送ったことがある人なら思わず共感してしまうエピソードでいっぱいである。飲んで家で暴れたり、語尾が「にょーん」になってしまったり、二日酔いで目覚めたら部屋に男5人が倒れていて何だか嫌だったり…。そんな自堕落な学生生活を再現してくれるリアリティー溢れる世界に魅了されっぱなしになる。しかしこの作者、本質的にはシリアスも得意である。連載終了時には思わずホロリとした。
 ラストシーンの「思わず昔を懐かしむ」と言う気持ちを見事に表現している主人公のモノローグがグッときたのである。私も大学卒業後友人が全国へ散ってしまってからより強く共感するようになったので、やはりマンガの面白さは人生経験に依存すると感んじたが、ここでそのモノローグを引用したいと思う。
「ふと、誰もいない部屋の中をふり返ったとき残像をみてしまうことがある
 それは日常の中で何気なく目にとまった花の一群がいつまでも忘れられないような、ふと思い出すと心のどこかが暖かくなるような、思いがけず夢にみた日は目がさめてから泣きたくなるような、楽園だった。」

○「スキップ・ビート!」仲村佳樹
→①b.予定調和的な面白さ ④決め台詞 ⑤決めゴマ
 この作品はバリバリのスポ根モノだ。あらすじは、歌手デビューした初恋の人(不破尚)に便利な家政婦扱いをされていたことを知った主人公のキョーコが、奴より有名になってやると復讐に燃えて芸能界入りすると言うサクセスストーリーだ。不純な動機で芸能界に入ったキョーコだったが、いざ芸能界に入った後は復讐はさておき、尊敬する先輩の敦賀蓮に相対するために女優の勉強に励み、女優として確実にステップアップを続けている。
 それだけでも十分面白いが、少女マンガだから恋愛要素も欲しいなと思っていたら11巻から恋愛モードにも突入し始めた。尊敬する先輩である敦賀蓮とキョーコの恋愛模様はとてももどかしくて、意識していなかったのに溢れ出てしまう気持ちがキョーコの表情から伝わってきたり、敦賀蓮自体もキョーコへの恋心を自覚したりなどという心情の機微が随所で見られるとたまらない気持ちになる。この話はまだ連載途中だが、最終的にはおそらくキョーコと蓮が結ばれて、キョーコは女優としても大成するんだろうと思うが、それまでの経緯を存分に楽しみたいマンガである。

○「アレクサンドライト」成田美名子
→①b.予定調和的な面白さ ②魅力的なキャラクター ④決め台詞 ⑤決めゴマ
 この話は女に間違えられがちな容姿にコンプレックスを持つ主人公が空手に熱中したり、モデルにチャレンジしたりと、大学生活を思いっきり楽しみながら自分に自信をつけるために努力をするという成長物語である。色々なエピソードがあるが、もがきながらも頑張って生きると言う当たり前だけどなかなか難しいことを実践する主人公の生き様が素敵なマンガだ。主人公も主人公の友人も個性豊かで魅力的である。主人公がほぼ完徹をしながらテストを受けた翌日にマラソンを走ると言うエピソードがあるのだが、私は彼が完走した後の台詞とコマが大好きなので、ちょっと引用したいと思う。
「こいつらが大好きだ。
 でもってチャーリーは気にくわないのさ
 それでいいのだ」
 シンプルに生きよう。悩んでいる間には体を動かしてスッキリしよう。と言われているようで、悩んでいる時に読むとスカッとするマンガである。

○「桜蘭高校ホスト部」葉鳥ビスコ
→②魅力的なキャラクター ③絵柄 ⑥リアリティー
 この話は大金持ちの子息が集う桜蘭高校の中でも際立ったエリート達が暇潰しがてらホスト部とを運営していて、偶然にもそれに巻き込まれてホストをやることになる女子高生の話である。この話は「ホスト部」を舞台にしてるがゆえに、マンガのキャラクター自身が自分のキャラクターを作ってお客さんに接すると言う二重構造になっている。読者としては、表(演じているキャラクター)と裏(本性)のギャップが垣間見れるのが面白い。また、主人公を取り囲むメインキャラクターが6人もいるから自分好みのキャラに出会いやすいのも魅力の一つだろう。天然王子様キャラでホスト部の部長である環。常に冷静沈着なホスト部のブレーンの鏡夜。兄弟仲の良さとシンメトリーさが売りのちょっと我儘な常陸院ブラザーズ。小学生のような可愛い容姿で甘い物好きな埴之塚光邦。無口で真摯に光邦に仕え続ける、まるで武士のような銛之塚崇。絵柄も舞台設定にふさわしく煌びやかで華やかである。
 このマンガを語るのに欠かせないのは同人ネタだ。かっこいい男の子達からの逆ハーレム状態を体感できると言うだけで、女子向けの恋愛シミュレーションゲームを想起できるが、それだけではなくストーリーの中に恋愛シミュレーションゲームにどハマりしている女の子が出てくる回がある。その際にも作者は決してゲームを馬鹿にしたりなどせず、むしろ惜しみなく愛を注いでいるように感じられた。読者が元ネタのゲームを知っていると言う前提で繰り広げられるストーリーは愉快さを感じるとともに、「このキャラクターほどでは無いけど、気持ちが分かるなぁ」と言う共感にも繋がる。これは流行を知っているからこそ笑えるオマージュである。
 共感と言えばもう一つ欠かせないのが、庶民ネタとしてところどころに挿入されるギャグである。主人公のハルヒは奨学金で桜蘭高校に通う庶民なので、ホスト部の面々からしてみれば異質の存在であるため、皆ハルヒに興味津々である。そのためホスト部の部員達は「インスタントコーヒーを飲んでみる!」とか「ハルヒはおしんのように苦労しているのではないか」などと言った様々な試みをしてみたり、ハルヒに対して変な勘違いをしたりしている。それに対する庶民代表のハルヒのツッコミが的確で面白い。おそらくホスト部の面々に読者が実際にツッコミを入れたい内容と合致しているからであろう。このようにこの作品は華やかでありながらもリアリティーに溢れるバランスの良いマンガである。

○「ぼくの地球を守って」日渡早紀
→①a.先の見えない面白さ ⑦全体の世界観(=空気感)
 この作品の設定はとても複雑だ。月基地で地球の研究をしていたと言う前世の記憶を共有する7人の高校生と小学生の物語だ。前世で流行った病気のために仲間が皆死んでしまった後も1人孤独に7年生き続けなければならず、最後には狂気のうちに亡くなってしまった戦災孤児の記憶を持つ小林輪と言う小学生が、今の世界で生きているんだと言う確かな感覚を得るため、月基地を爆破する、もしくは、月基地の施設を使って地球をコントロールすると言う矛盾した目的のために仲間から前世で使用していたパスワードを奪うことを画策すると言うのがメインストーリーになっている。いかにしてキーワードを奪うか、そして前世と現世の2つの記憶に翻弄されて苦しむ登場人物達。
 輪を理解しようとする主人公の亜梨子を筆頭にメインキャラクターが前世で7人、現世で7人の計14人で構成されている複雑なマンガだが、それぞれのキャラクターに個性があり、キャラクター設定がとてもしっかりしていると感じた。最初はとっつきにくいけれど、沼にハマればもう最後。展開が複雑化すればするほど快感を覚えると言うタイプの依存性のあるマンガだった。
 完璧に出来上がった世界観のせいか漫画にのめり込みすぎてマンガの設定が現実であると思い込む人が続出して、作者自ら「フィクション宣言」をせざるを得なかったと言う逸話すらあるすごいマンガである。

○「ガラスの仮面」美内すずえ
→①b.予定調和的な面白さ ④決め台詞
 このマンガは幻の舞台である「紅天女」の主役を射止めるために努力を続ける主人公の北島マヤとライバルである姫川亜弓の熱血スポ根マンガだ。加えて、普段は冷血漢として有名な芸能会社の若社長である速水真澄とマヤの恋愛が描かれる名作である。1巻を読んだ時点で既に、「きっと紅天女の主役の座はマヤが射止めて、何だかんだありつつ速水真澄との恋も成就するんだろうな」と勝手に予測をしてしまうくらい王道のストーリーのようだったが、そこがスポ根マンガの魅力。紅天女を演じるためにはマヤも亜弓も成長が必要で、さまざまな役を演じたり恋をしたりする中で2人が成長していく様子を見るのはとても面白い。
 しかし私がこのマンガで共感したのは本当に何気ない場面の台詞だった。それはマヤが美貌の王女アルディスの役作りに悩んでいた時に、昔アルディス役を演じたおばさまから演技のアドバイスをもらう場面である。感動したのは次の台詞だ。
「むずかしいことはなにもありません
 美しいと感じる絵を愛し
 ここちよいと感じる音楽をすなおな心で愛す
 それだけでいいんです」
 これを読んだ時私は鬱状態の最中にあり、ようやくマンガを読めるくらいの気力が湧いてきたばかりの頃だった。何を見ても何を聞いても自分を責める手段にしか成り得なくて、心配して会いに来てくれた彼氏に会っても、何で私は動けないんだろう。そして何でみんなは普通に感動しながら生きられるのだろう。と疑問を抱いたままぐるぐるしていた時期だったので、この台詞を読んだ時には本当に目から鱗が落ちた。「私は私のままでいいんだ」と素直に思えて、このセリフが鬱状態を脱却するきっかけになったのだ。マンガの台詞は時に哲学的ですらあるのだ。

○「聖⭐︎はいぱあ警備隊」森生まさみ
→①b.予定調和的な面白さ ⑤決めゴマ ⑥リアリティー
 この作品はストイックで男前な風紀委員長の高屋敷に恋する素直になれない女の子のつぶらの話である。恋する暴れ馬であるつぶらは高屋敷に猛烈なアタックをするものの、いざ高屋敷がつぶらの方を向いてくれると恥ずかしさのあまり素直になれなかったり、怒ったり逃げたりしちゃうような恋に恋する少女だった。「この話は最後は絶対にハッピーエンドだ」と分かっていたので、どんな危機が訪れても安心して読めるマンガだった。これを読んでいたのは高校生でちょうど私自身も恋をしていた頃だった。私の好きだった人も高屋敷と同じくセンター分けでストイックだったので、つぶらの恋心や高屋敷のかっこよさに自分の恋をもろに投影していた覚えがある。それだけになかなか素直になれなかったつぶらがようやく素直になって2人が両思いになった瞬間は感動もひとしおだった。

○「お伽噺がきこえる」(千沙&一清シリーズ)柳原望
→③絵柄 ④決め台詞 ⑥リアリティー
 この作品の舞台は戦国時代に突入する少し前の加賀の国。大国の安土が隣国で発掘される金を目当てに一人娘を隣国の殿様と政略結婚させる。政略結婚の後についには金を直接的な方法で手に入れようと安土はついに隣国に攻め込もうとするが、政略結婚をした当の本人達は多大なリスクを背負いながらも領民と仲睦まじく暮らすと言う話である。
 この作者の絵は決して流行の画風ではないが、どこかほっとするようなやさしい絵柄である。私が古本屋で最初にこの作者の本を手に取ったのはこの絵柄によるところが大きかった。そして実際に話を読み進めてみるとぐっと来る言葉のチョイスや感動させられる場面が多かった。
 主人公の千沙姫は世間知らずでわがままだけど、旦那様である一清のことが大好きないつも前向きでちょっと天然ボケな女の子だ。一方の一清は国を守ることを第一と考える好青年だ。不器用だけど千沙姫のことをきちんと愛している旦那様だ。全編を通して2人の絆は感じてはいたものの、とある場面で一清が実際に話しているセリフにモノローグが重なることによって、読者にも一清の千沙姫を大事にしている気持ちが読者にダイレクトに伝わる部分があった。また、その一清の発言に対する千沙姫のモノローグもまた一清への信頼に満ちたものであり、当時の私は2人の深い絆に憧れたものだった。また、現在の私は一清が語る「我がままに生きるということ」についての台詞に共感を覚える。同じマンガでも繰り返し読むことによって毎回違う発見があるんだなと感じさせてくれるのがこの作者のマンガである。


○「ヤマトナデシコ七変化」はやかわともこ
→①b.予定調和的な面白さ ②魅力的なキャラクター
 この作品は初恋の人に告白した時に「ブス」と言われて振られてからと言うもの自分の容姿に無頓着な引きこもりになってしまった主人公のスナコと、下宿代タダをかけてスナコをレディーにしようとする美少年4人のドタバタコメディーである。基本的には一話読切形式になっており、最終的には義理人情を重んじるスナコが水戸黄門よろしく、普段の3頭身の姿から、8頭身の美人になって啖呵を切りながら暴れて一件落着するという時代劇のような終わり方をする。完全にパターン化されたその構成が楽しくて毎回つい読んでしまう予定調和の典型のようなマンガである。

○「ダウト‼︎」和泉かねよし
→②魅力的なキャラクター ④決め台詞 ⑥リアリティー
 この作品は、中学生の頃は地味ーズと呼ばれ、彼氏はおろかリア充の友人すらいなかった主人公が高校デビューを果たしイケメンに恋をする話である。この説明だけでは一見よくある少女マンガのように思えるがこの作者のマンガはその辺の少女マンガとは一味違っている。キャラクターは皆腹黒く、下ネタも満載で圧倒的なリアリティーをこれでもかと突きつけてくる。例えばクラスの女子に美人だからとドッジボールで集中砲火された時の主人公の名台詞があるのだが、この開き直りは天晴れとしか言いようがない。以下にその台詞を引用する。
「ざけんなー!!女は加工品!!厳しい自己管理、地味な努力の積み重ねがあたしの外見を支えてんのよ。その努力もしないで、人をねたんでばかりで足をひっぱる。」
「あたしが何者か…?決まってるじゃない。あたしはっ、いい女よ!」
 …かっこいいにも程がある。これぞいい女の台詞。この作者のマンガは、自分を作るのは他でもない自分自身。常に最前線で戦うべし!とでも言うかのようなガッツに溢れている。他の少女マンガでは言及されない女子のマウンティングについての描写も盛り沢山でそこもまたこの作者のマンガの魅力の一つである。

 ここまで、過去面白いと思ったマンガから現在ハマっているマンガまでの思いを書き連ねてきたが、リアルタイム性とでも言うのだろうか。その時に自分が置かれていた状況に「マンガの面白さ」は依存していることが分かる。「ハンサムな彼女」や「聖⭐︎はいぱあ警備隊」などは小学生だった頃や高校生の時はそれこそ夢中になって読んでいたが、今は何だか気恥ずかしくて読破するのは難しいだろう。それはさておき、少女マンガの特徴として主人公の行動自体がどんなに捻くれていてもモノローグが付いているものでは主人公は本音が隠せない。だから恋愛メインのマンガならば両思いになるまでの過程を楽しめるのだと思う。現在は多少歳を重ねたせいか恋愛メインのマンガよりは生活密着型のギャグマンガや、逆に妙にスタイリッシュなマンガを好むようになっては来ているが、自分探しや恋だの愛だのを真っ向から扱っている少女マンガとも向き合いたいなとは思っている。



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