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須磨海岸のたばこの味

神戸。
僕は自分が何者かもわからなかった、あの日々を思い出す。

この街は山と海が近く、
洋館が立ち並んでいれば中華街もあり、街の中心地から少し行けば街の表情を変える。
色んなものをぎゅっとしたような街だ。

あの日、僕は海、須磨海岸にいた。

梅雨が明けたので、手持ち花火を買ってみんなで楽しもうといって大学のサークルのメンバー男女5人くらいで集まった。

それはみんな親元を離れて、初めて一人暮らしを始めた歳であり、酒を飲んだり、車を運転したりして大人に近づく高揚感と、この年齢の自由さと自分の無知に対して漠然と不安を同時に感じていたころだった。
新しい人間関係やルールにみんなぎこちなく慣れようとしていたんだろう。僕らの周りにある空気に幸せと焦りみたいなものが混ざっていた気がする。

夜もだいぶ暗くなり、花火の終わりを意味する線香花火にみんなが火をつけ始めたとき誰かがこういった。
「みんなで歌おうや」

僕は自分の線香花火の種が早めに落ちてしまうのを確認すると、ケースからアコースティックギターを取り出して、軽くチューニングをしながらみんなに聞いた。
「なに歌う?」

岡山から出てきたという彼女は僕に嬉しそうにこういった。
「フジファブリックの若者のすべて歌って」

僕は線香花火が目の前で暗闇に輝く光景を眺めながら、幻想的な気分とすこし感傷的な気分になった。そしてアコースティックギターを鳴らし歌いはじめた。
僕にリクエストしたその子が初めに歌に参加してぽつぽつとみんなも歌い始める。

夏の終わりを告げるその曲が終わると線香花火も全部落ちてしまっていて、少ししんみりしてしまった気がした。
その子は満面の笑みを浮かべながら僕にこういった。
「たばこ、吸って」

僕はその言葉の意味を考えてみたがよくわからない。
「なんで?」

彼女は口をへの字に曲げるとその物欲しそうなまっすぐな瞳で僕に告げる。
「タバコ吸ってる人の姿が見たい気分じゃけえ、ええじゃろう?」

僕はマルボロを一本取り出し咥え、さっきまで花火に火をつけていたライターで、火をつけて煙を吐いた。
「これでええか?」

その子は嬉しそうな顔をしながら、僕にこういった。
「たばこ、一本ちょうだい」

僕はマルボロをもう一本取り出して彼女に咥えさすと、風で火が消えないようにライターを手で囲いながら火をつけてあげた。
彼女はそれを吸うと勢いよくむせだした。

僕はそれを見て笑ってしまった。
「お前、アホやなぁ」
「アホいわんでや、吸ってみたい気分なったんじゃけぇ、仕方なかろう」

海の遠くに瀬戸内海を挟んで見える淡路島か香川の夜景を眺めながら、僕はけむりを吐いて言った。
「アホ、あと俺が吸ったる」

神戸のことを考えると、
あの夜吸った須磨海岸のたばこの味をふと今でも思い出す。

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