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僕の失敗達

僕はたくさん負けてきた

僕はたくさん失敗してきた


僕の負け・失敗達を振り返ろうと思う

中学受験の塾

小学校のとき日能研という中学受験の塾に通っていた

同じ小学校のメンバーが何人もいたが、みんな僕よりもとても賢かった

日能研では毎週のテストの成績順にクラス替えがあり、クラスの中でも成績順に座らされる

僕はいつも同じ小学校の中で最下位だった

つらかった

成績ごとに1-10の成績の評価がもらえるのだが、僕の評価はいつも6か7で、友達は9や10だった

たまたま友達が7の評価をとったという話になって、恥ずかしくて見せられないという話になった

7は僕にとってはうれしい評価だった

みんなとても人間的にもいいやつばかりで、悪気があっていったわけじゃない

それはわかっているけど、つらかった

思春期の恋愛

男子校に通って、中3のときに初めて彼女が出来たが、まともに会話もできなかった

キスもできなかった

一度付き合った女子がヤンキーでなぜか慰謝料を請求された

何が理由だったか忘れたけど

数十万円請求された

高校になってからも恋愛の仕方がわからず、彼女ができても重たくなって2週間で振られたりした

中学高校の勉強

僕は勉強、全然できなかった

いつも学年、最下位近くをうろちょろしていた

高3で大学受験の模試を受けたとき、偏差値30くらしかなかった

2次関数も関係代名詞もなにもわからなかった

先生からはあきらめられていた

名前で呼んでくれない先生もいた

大学時代の恋愛

めちゃくちゃ好きだった彼女を後輩の男にとられた

悔しくて、恥ずかしくて

本当に死にたい気分だった

大学時代のゼミの受験

入りたいゼミがあってそのゼミに応募した

誰でもほぼ入れるというのに、教授に僕だけ「君はいらない」といわれた

僕が好きな教授だった

一緒に学問をしたかった

だけど僕には能力も学力も足りないとみんなの前で友達の前でいわれた

一人で扉から「わかりました」と言って出て行った

恥ずかしかった つらかった

就活

僕は就活を2回している

1回目の就活では、どこも通らなかった

聞いたことのない中小企業なんかも受けた

どこからもいらないといわれた

社会に出る能力がない社会不適合者だと思った

留年

僕は相変わらず勉強が出来なかった

単位が足りずに留年することになった

親に怒られた

なんのために今まで教育してきたのか

人生どうするつもりなのかと

情けなかった

留学

サンフランシスコに留学した

ビジネスについて議論する授業があった

全くついていけなかった

なにを言っているのかさっぱりだった

みんな自信満々に議論する中で、自分だけ本当に無力だと思った

高校生たちがいるようなクラスに変えてもらった

社会人1-3年目

外資系経営コンサルに入ったが、研修でまずスピードが速すぎてついていけなかった

周りの同期がすぐ終わらせられることも自分はいつまでもできなかった

やめたいと思った

自分には能力がないんじゃないかと思った

初めてのプロジェクトでもなにも仕事をさせてもらえなかった

やらせてもらっても、ミスばかりした

暴言を吐かれたこともあった

つらかった

3年目で自分のチームを持ったが、プロジェクトを進めるのに必死だった

帰ったら自然と涙が流れ、体が動かなくなって、耳も聞こえなくなって、すべてがおかしくなった

まとめ

本当につらかった

苦労した

もう駄目だと思うこともあった

だけどもがいてきた

もがいてなんとかここまでやってきた

どうせこれからももがくことになるだろう

でも、こんだけ負けて失敗した自分だからこそ

言えることもあるんじゃないか

そう思って今日も生きていこう

さぁ、がんばろうぜ

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